表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亀の瀬異聞録  作者: こうた
第三章:仏生堂起動(1840・天保の飢え)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/34

第四話「死者の循環」

数千の影が、一歩前へ出た。


それだけだった。


それだけのはずなのに。



---


ドン――



---


地面が沈んだ。


実際に崩れたわけではない。


だが咲にはそう感じられた。


まるで山全体が呼吸したかのようだった。



---


「下がれ!」



---


藤富宗景が咲の腕を掴む。


その力は驚くほど強かった。



---


二人は山道を駆け下りた。


背後からは何も追ってこない。


足音もない。


叫び声もない。



---


それなのに。



---


何かが迫っている。



---


咲は何度も振り返った。


だが影たちは相変わらずゆっくりだった。



---


それでも距離が縮まっている。



---


あり得ない。



---


歩く速度ではない。



---


だが確実に近づいている。



---


「見続けるな!」


宗景が怒鳴った。



---


咲は思わず前を向く。



---


「なぜです!」



---


「認識される!」



---


その言葉に咲は寒気を覚えた。



---


認識される。



---


誰に?



---


問い返そうとした瞬間。



---


前方の木立の陰から人が現れた。



---


老人だった。



---


背を曲げた村人。



---


見覚えがある。



---


確か昨日も見た。



---


だが。



---


その顔を見た瞬間。



---


咲の足が止まった。



---


老人の顔は。



---


昼に死んだ男の顔だった。



---


宗景も立ち止まる。



---


老人は笑った。



---


「まだ足りない」



---


その声。



---


祠で聞いた声だった。



---


咲の全身に鳥肌が走る。



---


老人の身体が揺れる。



---


皮膚が波打つ。



---


顔が変わる。



---


女になる。



---


子供になる。



---


若者になる。



---


老人に戻る。



---


まるで何人もの人間が一つの身体に押し込まれているようだった。



---


「第二の石か……」


宗景が低く呟く。



---


「何なんです!」



---


「循環だ」



---


宗景は老人を睨む。



---


「死者を再利用している」



---


老人の首が異様な角度に傾く。



---


骨が鳴る。



---


バキ。



---


バキバキ。



---


しかし苦しむ様子はない。



---


むしろ嬉しそうだった。



---


「帰れない」



---


老人が言う。



---


「誰も帰れない」



---


顔が変わる。



---


今度は若い女。



---


「終われない」



---


また変わる。



---


子供。



---


「忘れられない」



---


また変わる。



---


男。



---


「だから戻る」



---


咲は後退った。



---


理解したくなかった。



---


だが分かってしまう。



---


この存在は。



---


一人ではない。



---


何人もの死者が混ざっている。



---


第二の石。



---


循環。



---


死者の再利用。



---


宗景は懐から木札を取り出した。



---


しかし。



---


老人が笑った。



---


「遅い」



---


次の瞬間。



---


老人の身体が弾けた。



---


肉片ではない。



---


人影だった。



---


無数の影。



---


何十人。



---


いや百人近い。



---


老人の身体から人影が溢れ出した。



---


それぞれ違う姿。



---


男。



---


女。



---


老人。



---


子供。



---


兵士。



---


農民。



---


僧侶。



---


見たことのない時代の人間までいる。



---


彼らが一斉に咲を見た。



---


「まだ足りない」



---


その声は重なっていた。



---


百人分。



---


いや。



---


もっとだ。



---


咲は耳を塞ぐ。



---


頭が割れそうだった。



---


すると宗景が木札を地面へ叩きつけた。



---


パンッ!



---


乾いた音。



---


瞬間。



---


木札が燃えた。



---


青白い炎。



---


その炎が広がる。



---


円を描くように。



---


人影たちが止まった。



---


苦しむような声を上げる。



---


「戻れ」



---


宗景が命じる。



---


「まだ出るな」



---


その言葉に。



---


人影たちは後退した。



---


いや。



---


吸い込まれている。



---


地面へ。



---


土の中へ。



---


山の奥へ。



---


やがて消えた。



---


静寂。



---


咲は膝をついた。



---


呼吸が乱れる。



---


宗景も額に汗を浮かべていた。



---


「今のが……」



---


咲の声は震えていた。



---


「第二の石だ」



---


宗景は苦々しく言った。



---


「死者の循環」



---


そして。



---


しばらく黙った後。



---


「想定より早い」



---


そう呟いた。



---


「何がです」



---


宗景は答えない。



---


代わりに山を見た。



---


その目には。



---


恐怖があった。



---


初めて見る表情だった。



---


「第一の石が記録する」



---


宗景が言う。



---


「第二の石が循環させる」



---


風が吹く。



---


冷たい風だった。



---


「本来なら数十年かけて安定する」



---


咲は嫌な予感を覚える。



---


宗景は続ける。



---


「だが今は違う」



---


「……」



---


「誰かが押している」



---


咲は顔を上げた。



---


「誰か?」



---


宗景は首を振る。



---


「人間かどうかも分からん」



---


その時。



---


遠くで鐘の音が鳴った。



---


ゴーン……



---


ゴーン……



---


ゴーン……



---


村の寺の鐘ではない。



---


聞いたことのない音。



---


低く。



---


重く。



---


まるで地面の下から鳴っている。



---


宗景の顔色が変わる。



---


「まさか……」



---


「何です」



---


宗景は答えなかった。



---


ただ一言だけ呟く。



---


「仏生堂が開く」



---


その瞬間。



---


山の奥。



---


誰も近づかないはずの古い神殿の方向から。



---


巨大な地鳴りが響いた。



---


そして。



---


咲は見た。



---


山の上空に。



---


黒い柱のようなものが立ち上るのを。



---


煙ではない。



---


雲でもない。



---


無数の人影が絡み合ってできた巨大な柱だった。



---


それは空へ向かって伸びていた。



---


まるで。



---


何かを呼ぶように。



---


(第四話・続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ