第四話「死者の循環」
数千の影が、一歩前へ出た。
それだけだった。
それだけのはずなのに。
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ドン――
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地面が沈んだ。
実際に崩れたわけではない。
だが咲にはそう感じられた。
まるで山全体が呼吸したかのようだった。
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「下がれ!」
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藤富宗景が咲の腕を掴む。
その力は驚くほど強かった。
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二人は山道を駆け下りた。
背後からは何も追ってこない。
足音もない。
叫び声もない。
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それなのに。
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何かが迫っている。
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咲は何度も振り返った。
だが影たちは相変わらずゆっくりだった。
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それでも距離が縮まっている。
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あり得ない。
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歩く速度ではない。
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だが確実に近づいている。
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「見続けるな!」
宗景が怒鳴った。
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咲は思わず前を向く。
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「なぜです!」
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「認識される!」
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その言葉に咲は寒気を覚えた。
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認識される。
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誰に?
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問い返そうとした瞬間。
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前方の木立の陰から人が現れた。
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老人だった。
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背を曲げた村人。
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見覚えがある。
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確か昨日も見た。
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だが。
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その顔を見た瞬間。
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咲の足が止まった。
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老人の顔は。
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昼に死んだ男の顔だった。
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宗景も立ち止まる。
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老人は笑った。
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「まだ足りない」
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その声。
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祠で聞いた声だった。
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咲の全身に鳥肌が走る。
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老人の身体が揺れる。
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皮膚が波打つ。
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顔が変わる。
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女になる。
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子供になる。
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若者になる。
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老人に戻る。
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まるで何人もの人間が一つの身体に押し込まれているようだった。
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「第二の石か……」
宗景が低く呟く。
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「何なんです!」
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「循環だ」
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宗景は老人を睨む。
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「死者を再利用している」
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老人の首が異様な角度に傾く。
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骨が鳴る。
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バキ。
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バキバキ。
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しかし苦しむ様子はない。
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むしろ嬉しそうだった。
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「帰れない」
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老人が言う。
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「誰も帰れない」
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顔が変わる。
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今度は若い女。
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「終われない」
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また変わる。
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子供。
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「忘れられない」
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また変わる。
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男。
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「だから戻る」
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咲は後退った。
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理解したくなかった。
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だが分かってしまう。
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この存在は。
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一人ではない。
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何人もの死者が混ざっている。
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第二の石。
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循環。
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死者の再利用。
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宗景は懐から木札を取り出した。
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しかし。
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老人が笑った。
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「遅い」
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次の瞬間。
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老人の身体が弾けた。
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肉片ではない。
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人影だった。
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無数の影。
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何十人。
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いや百人近い。
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老人の身体から人影が溢れ出した。
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それぞれ違う姿。
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男。
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女。
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老人。
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子供。
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兵士。
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農民。
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僧侶。
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見たことのない時代の人間までいる。
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彼らが一斉に咲を見た。
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「まだ足りない」
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その声は重なっていた。
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百人分。
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いや。
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もっとだ。
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咲は耳を塞ぐ。
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頭が割れそうだった。
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すると宗景が木札を地面へ叩きつけた。
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パンッ!
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乾いた音。
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瞬間。
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木札が燃えた。
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青白い炎。
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その炎が広がる。
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円を描くように。
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人影たちが止まった。
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苦しむような声を上げる。
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「戻れ」
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宗景が命じる。
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「まだ出るな」
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その言葉に。
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人影たちは後退した。
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いや。
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吸い込まれている。
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地面へ。
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土の中へ。
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山の奥へ。
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やがて消えた。
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静寂。
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咲は膝をついた。
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呼吸が乱れる。
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宗景も額に汗を浮かべていた。
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「今のが……」
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咲の声は震えていた。
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「第二の石だ」
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宗景は苦々しく言った。
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「死者の循環」
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そして。
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しばらく黙った後。
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「想定より早い」
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そう呟いた。
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「何がです」
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宗景は答えない。
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代わりに山を見た。
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その目には。
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恐怖があった。
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初めて見る表情だった。
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「第一の石が記録する」
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宗景が言う。
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「第二の石が循環させる」
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風が吹く。
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冷たい風だった。
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「本来なら数十年かけて安定する」
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咲は嫌な予感を覚える。
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宗景は続ける。
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「だが今は違う」
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「……」
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「誰かが押している」
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咲は顔を上げた。
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「誰か?」
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宗景は首を振る。
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「人間かどうかも分からん」
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その時。
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遠くで鐘の音が鳴った。
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ゴーン……
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ゴーン……
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ゴーン……
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村の寺の鐘ではない。
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聞いたことのない音。
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低く。
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重く。
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まるで地面の下から鳴っている。
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宗景の顔色が変わる。
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「まさか……」
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「何です」
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宗景は答えなかった。
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ただ一言だけ呟く。
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「仏生堂が開く」
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その瞬間。
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山の奥。
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誰も近づかないはずの古い神殿の方向から。
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巨大な地鳴りが響いた。
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そして。
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咲は見た。
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山の上空に。
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黒い柱のようなものが立ち上るのを。
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煙ではない。
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雲でもない。
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無数の人影が絡み合ってできた巨大な柱だった。
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それは空へ向かって伸びていた。
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まるで。
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何かを呼ぶように。
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(第四話・続く)




