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亀の瀬異聞録  作者: こうた
第二章 飢饉と帰る死人― 八つの守り石 ―

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第九話 第一の石の影

山へ向かう死人の行列は、異様な静けさのまま進んでいた。


誰も喋らない。


誰も迷わない。


ただ、同じ方向へ歩いている。



---


徳蔵はその後ろを追っていた。


刀の柄に手をかけたまま。


だが抜くことはできない。



---


相手が「敵」と呼べる存在なのか判断できなかった。



---


空円が低く言う。


「無理に止めると、崩れます」



---


「崩れる?」


徳蔵が聞き返す。



---


空円は死人達を見たまま答える。


「今の彼らは“縛り”の中で均衡しています」


「刺激すれば一気に壊れる」



---


徳蔵は歯を噛む。



---


救うこともできない。


止めることもできない。



---


ただ追うしかない。



---


山道は次第に深くなった。


木々が密集し、月光が消えていく。



---


その時だった。



---


前方の空気が変わった。



---


冷たくなる。



---


重くなる。



---


徳蔵は立ち止まる。


「ここから先だ」



---


空円も頷く。


「結界の影響が濃くなっています」



---


宗胤が小さく呟く。


「こんな場所は記録にない」



---


三人は慎重に進んだ。



---


やがて視界が開ける。



---


そこにあったのは、祠ではなかった。



---


石だった。



---


巨大な石。



---


人の背丈の三倍はある。



---


黒い表面。



---


苔はなく、異様に滑らかだった。



---


まるで“削られていないのに整っている”ような違和感。



---


空円が息を呑む。


「これが……」



---


宗胤も言葉を失う。



---


徳蔵はゆっくり近づく。



---


石の周囲には、地面に刻まれた円があった。



---


そしてその円の外側に。



---


無数の小さな印。



---


空円が呟く。


「封鎖陣……いや違う」



---


「これは維持陣です」



---


徳蔵が振り返る。


「違いは何だ」



---


空円は答える。


「封じるのではなく、流している」



---


その瞬間。



---


石の表面がわずかに揺れた。



---


徳蔵は目を見開く。



---


「動いた……?」



---


宗胤が一歩下がる。


「まさか……」



---


石の中心。



---


そこに“亀裂”があった。



---


ほんの小さな裂け目。



---


そこから。



---


黒いものが滲んでいる。



---


空円の顔が強張る。


「まずい」



---


徳蔵が問う。


「何がだ」



---


空円は低く言った。



---


「第一の石です」



---


沈黙。



---


風が止まる。



---


虫の声も消える。



---


まるで世界そのものが息を潜めていた。



---


宗胤が震える声で言う。


「まだ壊れていないはずだ」



---


空円は首を振る。


「壊れていません」



---


「しかし」



---


「“内側から緩み始めている”」



---


徳蔵は石を見上げる。



---


その瞬間。



---


声が聞こえた。



---


直接頭の中に響くような声。



---


低い。


重い。



---


> 思い出せ





---


徳蔵の視界が揺れる。



---


周囲の風景が歪む。



---


一瞬、別の景色が重なる。



---


燃える村。


泣く人々。


倒れる武士。



---


そして――



---


父・庄吉の背中。



---


徳蔵は息を荒くする。


「これは……」



---


空円が叫ぶ。


「見てはいけません!」



---


しかし遅かった。



---


宗胤がその場で膝をつく。


「これは記憶の反響だ……」



---


石の声は続く。



---


> 思い出せ




> お前は見た




> お前は知っている





---


徳蔵の頭痛が激しくなる。



---


空円が印を結ぶ。


「止めます!」



---


しかしその瞬間。



---


石の亀裂が一気に広がった。



---


ピシッ、と音がした。



---


宗胤が叫ぶ。


「まずい!」



---


徳蔵は刀を抜く。



---


だが空円が止める。


「無意味です!」



---


石から黒い霧が溢れ始めた。



---


それは形を持たない。



---


だが“意思”だけは感じる。



---


宗胤が震えながら言う。


「これが……第一の石……?」



---


空円は答えない。


ただ石を見ている。



---


そして静かに言った。


「これは……封印ではない」



---


「記憶の維持装置です」



---


徳蔵は顔を上げる。



---


黒い霧の中に、一瞬だけ何かが見えた。



---


人の顔。



---


苦しむ顔。



---


叫ぶ顔。



---


そして――笑っている顔。



---


徳蔵は理解する。



---


これは怨霊ではない。



---


“記憶そのもの”だ。



---


その時。



---


空円が低く言った。


「第一の石が……戻り始めました」



---


徳蔵が振り返る。


「戻る?」



---


空円は頷く。


「壊れたのではありません」


「緩んだのです」



---


「そしてこれは」



---


「次の崩壊の前兆です」



---


黒い霧は空へ昇っていく。



---


山の上へ。



---


さらに上へ。



---


そして消えた。



---


静寂が戻る。



---


しかし誰も動けなかった。



---


宗胤が呟く。


「始まってしまった……」



---


徳蔵は石を見上げる。



---


第一の石。



---


まだ壊れていない。



---


だが確実に。



---


何かが変わった。



---


そしてこの夜を境に。



---


亀の瀬は“次の段階”へ進む。



---


第二章 第九話


「第一の石の影」終


第十話「崩壊のことわり」へ続く。

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