第六話 記録禁止令
昭和十一年。
---
東京。
---
朝は来ているはずなのに、空は明るくならない。
---
新聞社の外。
---
街はいつも通り動いている。
---
だが何かが違う。
---
誰も新聞を読んでいない。
---
誰も昨日の出来事を話さない。
---
「……記録が死んでるな。」
---
朝倉誠司は呟いた。
---
その手には、折りたたまれた紙。
---
しかしそこに文字はない。
---
完全な白紙。
---
---
その時だった。
---
街角に軍用車両。
---
数台。
---
止まる。
---
人が降りる。
---
スーツではない。
---
制服でもない。
---
だが“記録を管理する者”の匂いがする。
---
一人が紙を掲げる。
---
そこには短い文。
---
「記録禁止令」
---
朝倉は目を細める。
---
「……ついに来たか。」
---
---
その夜。
---
新聞社は封鎖された。
---
印刷機は止められた。
---
原稿はすべて回収。
---
“記録に関わる行為は禁止”。
---
理由は書かれていない。
---
ただ一行。
---
「世界の安定のため」
---
朝倉は机に座ったまま動かない。
---
その隣。
---
少女が立っている。
---
白い着物。
---
名前はまだない存在。
---
少女は静かに言う。
---
「これで終わる。」
---
朝倉は笑う。
---
「終わる?」
---
「始まったばかりだろ。」
---
少女は首を振る。
---
「違う。」
---
「記録が止まれば……」
---
「世界は元に戻る。」
---
朝倉は紙を握る。
---
しかしそこには何も書けない。
---
インクが“拒絶”している。
---
---
その時。
---
窓の外で音。
---
ドン……
---
ドン……
---
誰かが叩いている。
---
窓。
---
いや。
---
空間そのものを。
---
朝倉は立ち上がる。
---
窓を見る。
---
そこに。
---
文字が浮かぶ。
---
『開示要求』
---
少女の顔が強張る。
---
「来る……」
---
朝倉は低く言う。
---
「記録禁止令の管理者か?」
---
少女は首を振る。
---
「もっと上。」
---
その瞬間。
---
空間が割れる。
---
新聞社の壁が“紙”のようにめくれる。
---
現実が破られていく。
---
そこから現れるのは。
---
人ではない。
---
形を持たない“書類の塊”。
---
声だけが響く。
---
> 「記録違反者を確認」
---
朝倉は後退する。
---
「違反?」
---
声は続く。
---
> 「未許可記録:藤富蒼士」
---
朝倉の心臓が跳ねる。
---
「それが何だ。」
---
空間が揺れる。
---
書類の塊が近づく。
---
それは“法律そのもの”のようだった。
---
少女が叫ぶ。
---
「逃げて!」
---
朝倉は動かない。
---
「逃げる理由がない。」
---
「俺は書いた。」
---
その瞬間。
---
空間が停止する。
---
書類が止まる。
---
少女の声も止まる。
---
そして。
---
“主”の声。
---
低く。
---
静かに。
---
> 「記録は許可制になった」
---
朝倉は睨む。
---
「誰が決めた。」
---
沈黙。
---
そして。
---
答え。
---
> 「記録そのもの」
---
朝倉は笑う。
---
「なら全部壊す。」
---
その瞬間。
---
机の上の白紙が震える。
---
勝手に文字が浮かぶ。
---
「記録禁止令:施行」
---
朝倉の手が止まる。
---
少女が震える。
---
「もう……世界全体が……」
---
朝倉は紙を握る。
---
「なら逆だ。」
---
そして書く。
---
一行。
---
「記録は禁止できない」
---
その瞬間。
---
空間が割れる。
---
ガラスのように。
---
バキッ!!
---
書類の塊が崩れる。
---
音が戻る。
---
時間が戻る。
---
少女が息を吐く。
---
「……止まった?」
---
朝倉は空を見上げる。
---
しかし。
---
そこにあるのは静けさではなかった。
---
“さらに深い静けさ”。
---
その時。
---
一枚の紙が落ちる。
---
誰も書いていないはずの文字。
---
「記録は国家を超えた」
---
朝倉は呟く。
---
「もう人間の話じゃないな。」
---
少女は小さく頷く。
---
「うん。」
---
「これは……世界の話。」
---
遠く。
---
黒い裂け目が一瞬だけ開く。
---
そこには“第三記録庫”の影。
---
そして。
---
目。
---
見ている。
---
確実に。
---
朝倉を。
---
---
第七話「第三記録庫の噂」へ続く。




