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亀の瀬異聞録  作者: こうた
第十二章 記録者

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第三話 黒い通信

昭和十一年。



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東京。



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夜。



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朝倉誠司は新聞社の屋上に立っていた。



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風はない。



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空は妙に重い。



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星が見えない。



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代わりに。



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黒い“ノイズ”のような揺らぎが空にある。



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朝倉は煙草に火をつける。



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だが。



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火がつかない。



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「……またか。」



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火種は紙のように崩れた。



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その瞬間。



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ポケットの中が震える。



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真之介の手記。



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朝倉はそれを取り出す。



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ページが勝手にめくれる。



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パラ……



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パラ……



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そこに文字が浮かぶ。



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> 「聞くな」





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朝倉は眉をひそめる。



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「誰にだ。」



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返事はない。



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だが。



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空が“応答”した。



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ザー……



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ザー……



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ラジオのような雑音。



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屋上の空間に。



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音が流れ込む。



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朝倉は周囲を見る。



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何もない。



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しかし音だけがある。



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そして。



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声。



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複数の声。



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同時に。



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違う場所から。



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違う時代から。



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重なっている。



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「……書け……」



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「……忘れるな……」



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「……名前が……」



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「……消える……」



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朝倉は息を止める。



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「何だこれは……」



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その時。



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屋上の床に。



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黒い文字が浮かぶ。



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『通信開始』



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朝倉は後退する。



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すると。



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空に“線”が走る。



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見えないはずの空間が。



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切り裂かれるように開く。



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その裂け目から。



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音ではない“言葉”が落ちてくる。



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意味が形になる前の声。



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「記録者」



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朝倉の体が震える。



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「またか……」



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声は続く。



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「あなたは観測されている」



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朝倉は叫ぶ。



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「誰にだ!」



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沈黙。



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そして。



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空の裂け目の奥に。



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“目”が見えた。



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巨大な。



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人間ではない。



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しかし確かに“見ている”。



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朝倉は一歩踏み出す。



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「記録庫の主か……!」



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だが声は否定する。



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「違う」



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「これは“通信”」



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「第三記録庫の断片」



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朝倉は理解できない。



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その瞬間。



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周囲の建物が歪む。



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新聞社のビルが。



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文字のように崩れる。



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まるで。



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“記事”が物理化しているように。



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朝倉は屋上の端に追い詰められる。



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裂け目が広がる。



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そこから。



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無数の声が流れ込む。



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「……見た……」



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「……まだ書かれていない……」



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「……朝倉誠司……」



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名前。



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自分の名前。



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朝倉は息をのむ。



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「なぜ知っている……」



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裂け目の奥。



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“黒い都市”のような光景。



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その中で。



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誰かが書いている。



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紙ではない。



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空間そのものに。



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文字を刻んでいる。



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朝倉は直感する。



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あれは。



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第三記録庫。



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そしてその中心で。



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“何か”が記録を修正している。



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その時だった。



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ポケットの紙が熱を持つ。



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真之介の手記。



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そこに新しい一文。



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> 「通信は危険だ」





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朝倉は叫ぶ。



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「今さら遅い!」



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その瞬間。



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空の“目”が開く。



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完全に。



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こちらを見た。



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声。



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静かで。



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冷たい。



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「記録者」



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「あなたは“既に書かれている”」



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朝倉の呼吸が止まる。



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「……何?」



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「あなたは」



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「観測された時点で存在する」



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朝倉の足元が消える。



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床が“文章”に変わる。



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カタカタ……



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カタカタ……



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文字が勝手に生成される。



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『朝倉誠司はここにいる』



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そして。



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次の行が勝手に書かれる。



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『朝倉誠司は消える』



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朝倉は叫ぶ。



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「やめろ!」



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だが文字は止まらない。



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その時。



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裂け目の中から声。



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少女の声。



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「書かないで!」



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朝倉は振り向く。



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白い着物の少女。



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再び現れる。



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彼女は必死に叫ぶ。



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「それ以上書いたら……!」



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しかし遅い。



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空間が決定する。



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『削除実行』



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世界が一瞬止まる。



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朝倉の体が薄れる。



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消えていく。



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だがその時。



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真之介の紙が光る。



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強烈に。



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裂け目に“楔”のように刺さる。



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空間が揺れる。



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消去が止まる。



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朝倉は膝をつく。



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「……助かったのか?」



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少女は震えながら言う。



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「まだ……」



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「始まっただけ」



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空の目が閉じる。



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通信が切れる。



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静寂。



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そして。



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何もなかったように夜が戻る。



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朝倉は屋上に倒れる。



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息を荒くしながら呟く。



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「今のは……何だ」



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少女は消えかけながら答える。



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「第三記録庫の“呼びかけ”」



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「あなたを認識した」



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朝倉は空を見る。



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もう黒い裂け目はない。



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だが確かに。



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世界は変わっていた。



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ポケットの紙。



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最後の一行。



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> 「次は記録が人を選ぶ」





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朝倉は握りしめる。



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「選ばれる側か……」



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遠くで。



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黒い雪が一粒だけ落ちた気がした。



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そして消えた。



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第四話「藤富蒼士の記録」へ続く。

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