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亀の瀬異聞録  作者: こうた
第十二章 記録者

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第二話 忘れられた読者

昭和十一年。



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東京。



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朝。



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新聞社。



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しかし空気が妙だった。



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人がいる。



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机もある。



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紙もある。



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だが。



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「昨日の記事」が存在しない。



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朝倉は歩く。



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机を確認する。



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自分の机。



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そこには何もない。



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原稿も。



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メモも。



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写真も。



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全部消えていた。



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「……またか。」



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彼は拳を握る。



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その時。



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編集長が声をかける。



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「朝倉くん。」



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「昨日の件だが。」



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朝倉は顔を上げる。



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「はい。」



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編集長は不思議そうに首をかしげる。



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「君、昨日休みだっただろう?」



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朝倉は固まる。



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「……は?」



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編集長は笑う。



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「何を言ってるんだ。」



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「黒い雪の記事なんて、最初からない。」



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その言葉。



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朝倉の背中に冷たいものが走る。



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「……ふざけるな。」



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彼は机を叩く。



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「俺は書いた!」



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しかし。



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誰も反応しない。



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まるで。



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最初から存在しない人間のように。



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その夜。



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朝倉は一人で歩いていた。



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東京の街。



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人は多い。



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しかし。



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誰も新聞を持っていない。



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誰も記事を読んでいない。



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「記録されていない世界……」



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朝倉は呟く。



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その時だった。



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路地裏。



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黒い影。



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少女。



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白い着物。



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あの存在。



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蒼士の隣にいた少女。



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彼女が立っていた。



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朝倉は足を止める。



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「お前……」



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少女はゆっくり首を振る。



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「書いちゃだめ。」



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朝倉は眉をひそめる。



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「何の話だ。」



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少女は少し悲しそうに笑う。



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「書くほど。」



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「世界は壊れる。」



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朝倉は一歩踏み出す。



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「壊れているのは最初からだ。」



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少女は沈黙する。



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そして。



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静かに言った。



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「あなたはもう。」



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「一度“見てしまった人”。」



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朝倉は息をのむ。



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「見た?」



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少女は頷く。



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「第三記録庫を。」



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その瞬間。



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朝倉の頭に痛み。



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ズキッ。



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映像が流れる。



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黒い帳面。



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落ちる文字。



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消える原稿。



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そして。



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“主”。



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朝倉は膝をつく。



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「これは……記憶か?」



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少女は首を横に振る。



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「違う。」



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「まだ書かれていない記録。」



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朝倉は顔を上げる。



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「なら俺が書く。」



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少女の目が揺れる。



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「それが危ないの。」



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その時だった。



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空が歪む。



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路地の上。



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黒い文字が浮かぶ。



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『観測対象:朝倉誠司』



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少女の顔が強張る。



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「来る。」



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朝倉は空を見る。



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そこには。



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“ページ”のような裂け目。



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空そのものが。



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めくれていた。



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そこから。



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黒い雪が一粒。



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落ちる。



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朝倉の手のひらに触れた瞬間。



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記憶が消えかける。



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「……っ!!」



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少女が叫ぶ。



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「触らないで!」



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しかし遅い。



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朝倉の中から。



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一つの記憶が消える。



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何か大事なもの。



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だが思い出せない。



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少女は涙を浮かべる。



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「もう始まってる。」



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朝倉は立ち上がる。



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「何がだ。」



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少女は空を指す。



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「記録の修正。」



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その瞬間。



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空から“声”が響く。



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> 「未記録者を確認。」





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> 「再構築開始。」





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朝倉の体が揺れる。



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周囲の人々が。



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一斉に止まる。



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動かない。



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瞬きもしない。



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世界が。



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一瞬止まっている。



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少女が叫ぶ。



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「逃げて!」



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「これは“書き換え”!」



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朝倉は少女を見る。



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「お前は誰だ。」



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少女は一瞬黙る。



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そして小さく答える。



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「まだ。」



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「名前がない。」



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朝倉は理解する。



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名前のない存在。



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記録されていない者。



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その時。



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空の裂け目が開く。



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黒い文字が降りてくる。



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『削除対象:記録者』



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朝倉は笑う。



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「なら俺は。」



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「もっと書く。」



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その瞬間。



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少女が叫ぶ。



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「やめて!」



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しかし朝倉はタイプライターを取り出す。



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なぜか持っていた。



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打つ。



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カタ……



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一文字目。



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世界が揺れる。



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カタ……



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二文字目。



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空が歪む。



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カタ……



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三文字目。



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裂け目が広がる。



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少女が叫ぶ。



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「それ以上は……!」



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しかし朝倉は止めない。



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カタ……



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そして。



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四文字目を打った瞬間。



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世界が。



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一度“白”になる。



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そして次の瞬間。



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朝倉は気づく。



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路地裏には。



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誰もいない。



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少女も。



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黒い雪も。



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裂け目も。



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全部消えていた。



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ただ。



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タイプライターの紙だけが残る。



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そこには一行。



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「記録者はまだ存在していない」



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朝倉はそれを見つめる。



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「……またか。」



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しかし。



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ポケットの中。



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真之介の紙が熱い。



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そこに新しい文字。



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誰も書いていないはずの言葉。



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> 「次は蒼士が動く」





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朝倉は空を見上げる。



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第三記録庫は。



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まだ。



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開ききっていない。



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第三話「黒い通信」へ続く。

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