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亀の瀬異聞録  作者: こうた
第十二章 記録者

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第一話 消える記事

昭和十一年。



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東京。



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朝はまだ暗い。



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印刷所の煙が街に薄く漂っている。



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その一室。



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朝倉誠司は机に向かっていた。



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タイプライターの音。



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カタカタ……



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カタカタ……



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紙に文字が落ちていく。



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タイトル。



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「亀の瀬で発生した“黒い雪”の正体」



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朝倉は息を吐く。



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「これで……終わるはずだ。」



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そう呟いた瞬間だった。



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カタ……



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タイプライターが止まる。



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紙が白くなる。



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「……え?」



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もう一度打つ。



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黒い雪



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その文字が。



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ゆっくり消える。



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インクが乾く前に消える。



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朝倉は立ち上がる。



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机の紙束を掴む。



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すべて同じ。



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書いたはずの原稿が。



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すべて白紙になっていた。



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「……ふざけるな。」



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彼は外へ飛び出す。



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新聞社。



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編集室。



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誰も気づいていない。



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「黒い雪」の記事など最初から存在しないように。



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朝倉は机を叩く。



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「俺は書いたんだ!」



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しかし誰も振り向かない。



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その瞬間。



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ポケットの中の紙が熱を持つ。



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真之介の手記の一部。



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そこに文字が浮かぶ。



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> 「書くな」





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朝倉は固まる。



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「……誰だ。」



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誰もいない。



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だが“何か”が見ている。



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その夜。



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亀の瀬。



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朝倉は一人で山へ向かう。



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黒い雪の噂。



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消えた記事。



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藤富蒼士という男。



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すべてが繋がっている。



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山道。



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風が止まる。



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音が消える。



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そこに。



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“入口”があった。



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何もない空間。



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しかし。



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そこだけ“存在している違和感”。



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朝倉はカメラを構える。



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シャッターを切る。



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カシャッ。



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瞬間。



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フィルムが真っ黒になる。



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「……やっぱりな。」



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その時。



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地面が割れた。



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ゴゴゴ……



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裂け目。



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地下へ続く穴。



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朝倉は迷わない。



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降りる。



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光が消える。



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音が消える。



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時間が消える。



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落下。



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どれくらい落ちたか分からない。



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そして。



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着地。



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石の床。



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冷たい。



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目の前。



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巨大な空間。



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見上げても天井がない。



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壁一面。



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黒い帳面。



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無数。



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無限。



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そのすべてが微かに震えている。



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ポタ……



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ポタ……



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黒い涙が落ちている。



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朝倉は息をのむ。



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「……これが。」



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「第二記録庫……。」



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しかし直感が告げる。



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違う。



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ここはもっと深い。



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その時。



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背後で声。



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「遅い。」



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朝倉は振り向く。



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そこに立っていたのは。



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白髪の老人。



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いや。



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“人”ではない。



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輪郭が揺れている。



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「お前が……朝倉誠司か。」



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朝倉はカメラを向ける。



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しかし。



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レンズが映さない。



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「お前は誰だ。」



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存在は答える。



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「ここではまだ名はない。」



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「名を付ける前の存在だ。」



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朝倉は息をのむ。



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その時。



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空間が歪む。



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黒帳が一斉に開く。



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ページが勝手にめくられる。



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カタカタカタ……



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文字が浮かぶ。



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『観測開始』



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朝倉の足元に線が引かれる。



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境界。



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そこから先は“未確定”。



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声が響く。



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どこからでもない声。



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> 「これは何を書く?」





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朝倉は震える手で答える。



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「真実だ。」



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沈黙。



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次の瞬間。



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空間が“止まる”。



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黒帳のページが止まる。



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音が消える。



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そして。



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目の前に。



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“それ”が現れた。



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形はない。



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だが確かに“見られている”。



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朝倉は理解する。



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これが。



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記録庫の主。



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主はゆっくり言う。



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> 「真実はまだ書かれていない。」





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朝倉は叫ぶ。



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「なら俺が書く!」



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その瞬間。



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紙が燃える。



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いや。



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燃えているのではない。



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“存在が消えている”。



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朝倉の原稿が。



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世界から削除されていく。



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「……っ!!」



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朝倉は膝をつく。



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記憶だけが残る。



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書いたという記憶だけ。



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しかし文章はない。



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主は見下ろすように言う。



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> 「書くという行為は危険だ。」





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> 「世界はまだ準備できていない。」





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その時だった。



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ポケットの中の紙。



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真之介の断片。



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それが光る。



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主が反応する。



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一瞬。



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“迷い”が生まれる。



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朝倉はそれを見逃さない。



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「お前も……知ってるんだろ。」



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「書かれることの痛みを。」



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沈黙。



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主は何も言わない。



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ただ。



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空間が揺れる。



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そして。



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ゆっくりと消えていく。



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最後に。



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声だけが残る。



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> 「次は……藤富を連れて来い。」





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世界が戻る。



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朝倉は地上へ吐き出される。



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亀の瀬の山道。



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朝。



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何もなかったように。



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しかし。



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手の中には一枚の紙。



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そこには。



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誰かが書いた文字。



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たった一行。



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「第三記録庫はまだ開いていない」



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朝倉は空を見上げる。



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黒い雪は降っていない。



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しかし確かに。



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世界はもう書き換わっていた。



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第二話「忘れられた読者」へ続く。

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