第七話 朝倉誠司
暗闇。
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落下。
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蒼士はどこまでも沈んでいく。
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時間の感覚がない。
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上下も分からない。
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ただ。
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“何かの底”へ向かっている感覚だけがある。
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その時だった。
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ザッ……
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音。
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空間のどこかで紙がめくられる音。
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蒼士は目を開ける。
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そこは落下ではなかった。
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机。
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椅子。
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古い電灯。
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まるで新聞社の一室。
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蒼士は床に倒れていた。
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「……ここは……」
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壁一面に貼られた新聞記事。
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すべて同じ内容。
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記憶喪失事件
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黒い雪
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名前の消失
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蒼士は立ち上がる。
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机の上。
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タイプライター。
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その横に。
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一人の男。
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ノートに何かを書いている。
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男は気づいていない。
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蒼士が近づく。
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「おい……」
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男が顔を上げる。
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その目は疲れていた。
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しかし鋭い。
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「誰だ?」
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蒼士は息をのむ。
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「藤富蒼士だ。」
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男は少し黙る。
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そして。
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ゆっくり笑う。
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「やっと来たか。」
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「藤富の人間。」
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男は名乗る。
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朝倉誠司
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新聞記者。
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蒼士は驚く。
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「なぜここに……?」
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朝倉は机の新聞を叩く。
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「全部繋がっている。」
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「黒い雪。」
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「名前の消失。」
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「記憶の欠落。」
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「全部だ。」
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蒼士は問いかける。
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「ここはどこだ。」
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朝倉は窓を指す。
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外。
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そこには。
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現実の街ではない風景。
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歪んだ都市。
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人々は歩いているが。
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顔がない。
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声もない。
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ただ“生活の形”だけがある。
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「これはな。」
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「記録された世界だ。」
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「だが、完成していない。」
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蒼士の背筋が冷える。
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「記録された世界……?」
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朝倉は頷く。
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「黒帳が作り出した。」
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「“残すための歪み”だ。」
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蒼士は机を見る。
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そこに一枚の写真。
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黒い雪の中の村。
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そして。
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少女。
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白い着物。
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蒼士は息をのむ。
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「この子は……」
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朝倉の顔が曇る。
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「それは記事にはできなかった。」
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「書いた瞬間、忘れられるからだ。」
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蒼士は理解する。
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「記録しても消える……?」
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朝倉は頷く。
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「この世界はそういう場所だ。」
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「“記録する者”ほど危険に近い。」
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その時。
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机のタイプライターが勝手に動き始める。
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カタカタ……
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カタカタ……
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紙が流れ出る。
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そこに書かれている文字。
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『第二記録庫 侵入者確認』
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朝倉の顔が強張る。
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「まずいな。」
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「見つかった。」
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蒼士は身構える。
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「誰にだ。」
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朝倉は窓の外を見る。
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歪んだ都市の奥。
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巨大な“影”。
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それは人の形ではない。
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記録の塊のような存在。
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「記録そのものだ。」
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「いや……」
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「記録される前の“何か”だ。」
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蒼士は理解できない。
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しかし体が拒否している。
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“見てはいけないもの”。
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影が動く。
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街全体がざわめく。
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人々が一斉に蒼士の方を向く。
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顔がないのに。
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視線だけがある。
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朝倉が叫ぶ。
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「逃げろ!」
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「ここは長くいられる場所じゃない!」
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蒼士は問いかける。
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「お前はどうする!」
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朝倉は机を叩く。
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「俺は書く。」
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「ここで起きていることを。」
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「誰かが残さなきゃいけない。」
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蒼士は一瞬黙る。
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そして頷く。
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「分かった。」
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「生きろ。」
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その瞬間。
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影が近づく。
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世界が崩れ始める。
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朝倉が最後に一枚の原稿を差し出す。
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「これを持っていけ。」
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「現実に戻ったら必ず必要になる。」
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蒼士が掴む。
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瞬間。
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床が割れる。
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落下。
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再び闇へ。
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最後に聞こえたのは。
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朝倉の声。
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「忘れるな!!」
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そして。
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世界が途切れる。
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第八話「黒帳の涙」へ続く。




