第五話 黒い新聞
夜。
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藤富家。
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蔵の前には誰もいない。
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風もない。
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ただ、紙が一枚だけ濡れている。
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蒼士はそれを拾い上げた。
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新聞。
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だが普通ではない。
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インクが滲んでいる。
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まるで水に沈んだまま乾いたように。
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見出し。
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「奈良県各地で記憶喪失者が急増」
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その文字が。
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少しずつ消えていく。
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蒼士は息を止めた。
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「……何だこれ。」
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その瞬間。
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新聞の裏側に文字が浮かぶ。
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黒い墨。
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にじみ出るように。
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> 「第二記録庫へ来い。」
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> 「待っている。」
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蒼士は新聞を握りしめた。
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「第二記録庫……。」
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その言葉は。
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真之介の手記にもあった。
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まだどこかにある。
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封印は一つではない。
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その時だった。
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ザッ……
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背後で音。
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蒼士は振り向く。
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誰もいない。
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だが。
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地面に足跡。
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黒い泥のような跡が。
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玄関から蔵へ続いている。
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蒼士はゆっくり後退した。
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足跡は止まらない。
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まるで。
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誰かが中へ入っていくように。
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蒼士は蔵の扉を見る。
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開いていない。
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しかし。
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中から音がする。
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パラ……
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パラ……
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紙をめくる音。
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蒼士は木札を握り直した。
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祖母の護符。
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熱はまだ残っている。
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一歩。
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蔵へ入る。
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暗い。
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灯りはない。
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しかし奥に。
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何かがある。
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古い机。
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そしてその上に。
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新しい新聞。
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蒼士は近づく。
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新聞の見出し。
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「亀の瀬で再び黒い雪」
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その下に写真。
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黒い雪の中。
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人影。
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蒼士は息をのむ。
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その影は。
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昨日消えたはずの白い少女だった。
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写真はそこで終わっている。
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だが。
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その下に小さく書かれた文字。
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> 「記録はすでに書き換わっている。」
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蒼士の手が震える。
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「書き換え……?」
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その瞬間。
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蔵の奥から声。
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男の声。
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低く。
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乾いた声。
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「藤富の者か。」
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蒼士は身構える。
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「誰だ!」
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暗闇の中。
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一冊の手帳が落ちる。
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パサッ……
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開かれたページ。
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そこには名前。
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藤富真之介
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蒼士の呼吸が止まる。
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声が続く。
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「これは警告だ。」
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「第二記録庫には近づくな。」
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「そこには。」
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「黒帳より古い“記録しないもの”がいる。」
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蒼士は一歩踏み出す。
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「お前は誰だ!」
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返事はない。
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代わりに。
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新聞が一枚。
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空中から落ちる。
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そこには写真。
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真っ黒な地下通路。
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入口には。
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石碑。
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そこに刻まれている文字。
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『第二記録庫』
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そしてその下に。
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かすれた一行。
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> 「入った者は、名前を失う」
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その瞬間。
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蔵の灯が消える。
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完全な闇。
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蒼士は木札を握りしめる。
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すると。
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木札が。
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微かに震え始めた。
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まるで。
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何かを拒むように。
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遠くから。
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鈴の音。
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一度。
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だけ。
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カラン……
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蒼士の耳元で。
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少女の声がした気がした。
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「行かないで。」
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しかし。
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もう遅かった。
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蒼士は。
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ゆっくりと顔を上げる。
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「……行く。」
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そして。
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蔵の奥へ一歩踏み出した。
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闇が彼を飲み込む。
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その先には。
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誰も知らない。
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第二の封印が眠っていた。
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第六話「記憶を喰う怪異」へ続く。




