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亀の瀬異聞録  作者: こうた
第十一章 呪われた時代

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第五話 黒い新聞

夜。



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藤富家。



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蔵の前には誰もいない。



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風もない。



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ただ、紙が一枚だけ濡れている。



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蒼士はそれを拾い上げた。



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新聞。



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だが普通ではない。



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インクが滲んでいる。



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まるで水に沈んだまま乾いたように。



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見出し。



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「奈良県各地で記憶喪失者が急増」



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その文字が。



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少しずつ消えていく。



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蒼士は息を止めた。



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「……何だこれ。」



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その瞬間。



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新聞の裏側に文字が浮かぶ。



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黒い墨。



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にじみ出るように。



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> 「第二記録庫へ来い。」





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> 「待っている。」





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蒼士は新聞を握りしめた。



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「第二記録庫……。」



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その言葉は。



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真之介の手記にもあった。



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まだどこかにある。



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封印は一つではない。



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その時だった。



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ザッ……



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背後で音。



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蒼士は振り向く。



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誰もいない。



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だが。



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地面に足跡。



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黒い泥のような跡が。



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玄関から蔵へ続いている。



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蒼士はゆっくり後退した。



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足跡は止まらない。



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まるで。



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誰かが中へ入っていくように。



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蒼士は蔵の扉を見る。



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開いていない。



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しかし。



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中から音がする。



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パラ……



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パラ……



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紙をめくる音。



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蒼士は木札を握り直した。



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祖母の護符。



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熱はまだ残っている。



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一歩。



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蔵へ入る。



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暗い。



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灯りはない。



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しかし奥に。



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何かがある。



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古い机。



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そしてその上に。



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新しい新聞。



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蒼士は近づく。



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新聞の見出し。



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「亀の瀬で再び黒い雪」



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その下に写真。



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黒い雪の中。



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人影。



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蒼士は息をのむ。



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その影は。



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昨日消えたはずの白い少女だった。



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写真はそこで終わっている。



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だが。



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その下に小さく書かれた文字。



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> 「記録はすでに書き換わっている。」





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蒼士の手が震える。



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「書き換え……?」



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その瞬間。



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蔵の奥から声。



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男の声。



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低く。



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乾いた声。



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「藤富の者か。」



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蒼士は身構える。



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「誰だ!」



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暗闇の中。



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一冊の手帳が落ちる。



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パサッ……



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開かれたページ。



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そこには名前。



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藤富真之介



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蒼士の呼吸が止まる。



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声が続く。



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「これは警告だ。」



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「第二記録庫には近づくな。」



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「そこには。」



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「黒帳より古い“記録しないもの”がいる。」



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蒼士は一歩踏み出す。



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「お前は誰だ!」



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返事はない。



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代わりに。



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新聞が一枚。



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空中から落ちる。



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そこには写真。



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真っ黒な地下通路。



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入口には。



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石碑。



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そこに刻まれている文字。



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『第二記録庫』



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そしてその下に。



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かすれた一行。



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> 「入った者は、名前を失う」





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その瞬間。



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蔵の灯が消える。



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完全な闇。



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蒼士は木札を握りしめる。



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すると。



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木札が。



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微かに震え始めた。



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まるで。



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何かを拒むように。



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遠くから。



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鈴の音。



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一度。



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だけ。



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カラン……



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蒼士の耳元で。



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少女の声がした気がした。



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「行かないで。」



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しかし。



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もう遅かった。



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蒼士は。



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ゆっくりと顔を上げる。



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「……行く。」



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そして。



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蔵の奥へ一歩踏み出した。



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闇が彼を飲み込む。



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その先には。



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誰も知らない。



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第二の封印が眠っていた。



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第六話「記憶を喰う怪異」へ続く。

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