第二話 忘れられた祭り
翌朝。
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藤富家。
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蒼士はほとんど眠れなかった。
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あの少女。
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あの言葉。
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「思い出して。」
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何を。
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何を思い出せというのか。
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父の顔は。
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今も思い出せない。
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写真を見ても。
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心は何も反応しない。
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まるで。
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最初から父など存在しなかったように。
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祖母は静かに仏壇へ線香をあげていた。
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「今日は。」
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「山へ行くんじゃない。」
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蒼士は首を振る。
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「行かなきゃいけない。」
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祖母は振り返らない。
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「……そうか。」
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「なら。」
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仏壇の引き出しから一枚の木札を取り出した。
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古びた木札。
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黒い糸が結ばれている。
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裏には。
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『藤富』
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と刻まれていた。
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「これは。」
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「代々受け継がれてきた護符。」
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「危ないと思ったら。」
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「絶対に離すんじゃない。」
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蒼士は静かに受け取った。
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冷たい。
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木なのに。
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氷のようだった。
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昼。
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蒼士は昨日の老人を探して山へ向かった。
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だが。
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昨日いた場所には。
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誰もいない。
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足跡すら残っていなかった。
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近くで薪を割る老人に声をかける。
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「あの……。」
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「昨日、この辺で猟師の方に会ったんですが。」
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老人は手を止めた。
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「猟師?」
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「白い髭の。」
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「七十歳くらいで。」
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老人は不思議そうな顔をする。
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「この辺に猟師はおらんよ。」
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「三年前に。」
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「最後の一人が死んだからな。」
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蒼士の鼓動が速くなる。
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「そんな……。」
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「昨日。」
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「話を……。」
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老人は首を横に振った。
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「兄ちゃん。」
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「誰かに化かされたんじゃないか。」
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その言葉が耳に残る。
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蒼士は昨日立っていた場所を見る。
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風だけが吹いている。
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その時。
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カサッ。
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落ち葉の下から。
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一枚の古い写真が現れた。
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拾い上げる。
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写っていたのは。
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昨日の猟師だった。
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しかし。
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写真の裏に書かれた日付。
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明治四十三年。
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百年以上前。
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蒼士の手が震えた。
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「……嘘だろ。」
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突然。
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写真が黒く染まり始める。
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ジュワ……
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インクが滲むように。
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猟師の顔が消えていく。
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名前も。
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景色も。
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最後には。
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真っ黒な紙になった。
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その瞬間。
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遠くから。
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太鼓の音が聞こえた。
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ドン……
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ドン……
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ドン……
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山奥からだった。
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蒼士は音のする方へ歩き始める。
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獣道。
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誰も通らない細い道。
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木々を抜けると。
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小さな村があった。
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地図にはない。
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古びた家が十数軒。
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煙が上がっている。
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人が暮らしていた。
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村人たちは蒼士を見る。
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誰一人。
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笑わない。
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ただ。
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じっと見つめるだけ。
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やがて。
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一人の老婆が近づいた。
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「旅の人かい。」
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「はい。」
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「今日は祭りの日だ。」
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「祭り?」
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老婆は頷く。
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「忘れられた祭り。」
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「忘れられた……?」
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「名前を神様へ返す日だよ。」
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蒼士は息をのむ。
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村の中央。
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古びた祠。
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その前には。
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数え切れないほどの木札が積まれていた。
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一枚一枚に。
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人の名前。
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いや。
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よく見ると。
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文字が消えかけている。
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蒼士が一枚手に取ろうとした。
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その瞬間。
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誰かが手首を掴んだ。
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冷たい手。
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振り返る。
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昨日の白い着物の少女だった。
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少女は首を横に振る。
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そして。
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初めて。
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はっきりと声を出した。
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「読んじゃだめ。」
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「名前を読んだ人は。」
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「帰れなくなる。」
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少女の瞳から。
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黒い涙が流れ落ちた。
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その時。
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祠の奥から。
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ギィ……
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重い扉が。
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ゆっくりと開く音が響いた。
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第三話「名前のない村」へ続く。




