第九話「黒川の野望」
第一記録庫・最深部。
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忘却封陣の光は消えた。
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静まり返った空間に響くのは、水滴の音だけだった。
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零は真之介を見つめている。
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その目には。
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もう親しみはなかった。
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「……君は。」
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「誰だ。」
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咲は唇を噛む。
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忘却封陣。
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その代償は。
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零から「真之介との記憶」を奪っていた。
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真之介は寂しそうに微笑む。
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「いい。」
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「また最初から話せばいい。」
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「また仲間になればいい。」
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その言葉に。
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零の胸がわずかに痛んだ。
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理由は分からない。
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だが。
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心だけは覚えていた。
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パチ……。
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パチ……。
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拍手。
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黒川が静かに歩き出す。
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「実に美しい。」
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「人は記憶を失っても。」
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「感情だけは残る。」
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第二黒帳を閉じる。
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「だから私は。」
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「世界を書き換える。」
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神崎が刀を向ける。
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「お前は何を望んでいる!」
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黒川は少しだけ空を見上げる。
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「私は。」
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「昔、医師だった。」
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全員が息をのむ。
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「疫病で。」
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「妻を失った。」
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「娘も失った。」
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「村人も。」
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「誰一人救えなかった。」
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「私は毎日。」
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「神を憎んだ。」
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「運命を憎んだ。」
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「人の死を憎んだ。」
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沈黙。
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「そんな時。」
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「一冊の本が現れた。」
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第二黒帳。
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表紙には。
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何も書かれていない。
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ただ一行だけ。
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> 『書き直したいか。』
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黒川は迷わなかった。
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「私は。」
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「妻が生きる世界を書いた。」
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「娘が笑う世界を書いた。」
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「誰も死なない世界を書いた。」
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しかし。
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ページを書き終えた朝。
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目の前にいた妻は。
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もう妻ではなかった。
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娘も。
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笑っていた。
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だが。
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瞳だけが真っ黒だった。
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「私は。」
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「そこで理解した。」
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「人は。」
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「記憶だけでは生きられない。」
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「魂が必要だった。」
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真之介が静かに言う。
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「だから諦めればよかった。」
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黒川は首を振る。
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「諦められなかった。」
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「なら。」
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「世界そのものを書き換えればいい。」
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「誰も悲しまない世界を。」
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「最初から作ればいい。」
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その瞬間。
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闇の奥から。
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低い声が響く。
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「黒川。」
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黒川は跪いた。
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「はい。」
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「時は満ちた。」
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「第二黒帳を。」
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「ここへ。」
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黒川は迷わない。
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第二黒帳を。
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闇へ差し出す。
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しかし。
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その時だった。
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第九が動く。
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「渡すな!」
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黒い霧が走る。
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第九は黒川へ飛び込む。
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第二黒帳を奪おうとする。
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闇の中から。
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黒い腕が伸びる。
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ズブリ。
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その腕は。
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第九の胸を貫いた。
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咲が悲鳴を上げる。
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「第九!」
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第九は苦しそうに笑う。
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「やっと……。」
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「思い出した。」
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真之介が駆け寄る。
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「何を!」
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第九は最後の力で。
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真之介の右腕を掴む。
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黒い文字。
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『記』
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その一文字が。
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少しだけ薄くなる。
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「真之介。」
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「最後の記録だけは。」
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「書かせるな。」
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「核を……。」
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「壊せ。」
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その瞬間。
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黒い腕が第九を闇へ引きずり込む。
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「まだ。」
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「お前の役目は終わっていない。」
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第九の姿は。
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闇へ消えた。
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静寂。
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真之介は拳を握る。
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黒川も。
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初めて動揺していた。
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「今のは……。」
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「計画ではない。」
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闇の存在は。
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黒川にさえ説明せず。
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独自に動き始めていた。
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真之介は刀を強く握る。
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「黒川。」
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「お前も利用されている。」
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黒川は答えない。
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ただ。
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闇を見つめていた。
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そして。
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闇の奥から。
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ゆっくりと。
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巨大な扉が開き始める。
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誰も知らない。
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さらに深い場所への扉が。
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第十章 第九話「黒川の野望」 終
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次回・第十話「呪いの戦端」
第十章のクライマックスです。
黒幕が初めてその姿の一部を現す
第一記録庫が崩壊を始める
第九の運命
真之介の右腕の呪いが進行
そして呪いが亀の瀬だけでなく日本各地へ拡散し、次章「呪われた時代」へとつながる大きな転換点が描かれます。




