(7)都会への憧れ
小中学校が同じだった私と山屋は、高校生になって初めてそれぞれ別の学校へ通うことになった。
山屋は都下にある都立高校へ進学し、自宅から自転車で高校へ通った。
私は都内にある私立男子高校へ進学し、満員電車に乗って朝は約一時間半かけて通学した。私も山屋も、高校では部活に入らなかった。
お互い違う高校に通ったため、二人が平日に顔を合わせることはなくなったが、休みの日はしばしば会っていたので、交友は変わらず続いていた。
ただ、高校生になったということもあり、その内容は中学生時代とは違う形に変化した。
一つは、私が都内の高校へ通学するようになり、都会生活への憧憬の気持ちが芽生えたこと。そのため、山屋ともよく都内まで足を運ぶようになったことが挙げられる。
「アーバンライフ」などと気取って呼んでいたが、有栖川宮記念公園へ行って、園内にある都立中央図書館で勉強したり、原宿から表参道を歩いて青山や神宮外苑へ行ったりして、都内の華やぎと喧噪を楽しんだりした。
ただ、私も山屋も、おしゃれとはかけ離れた泥臭い高校生であり、そんな二人が、洗練された都会のテイストに憧れ、それに近づきたいと考えていた時期があったことを今にして思うと、汗顔の至りである。
「広尾の落ち着いた雰囲気が良いね」
「表参道から青山通りへ出るあたりも悪くない」
「オレは南新宿や参宮橋のあたりが好きだ」
「やっぱり東横線沿線がいい。祐天寺に住んでみたい」
思い出すだけでも脇汗が出てくる。
もう一つは、お互いに読書量が増えたことである。読書により、私も山屋も大きく知的成長を遂げた時期が高校時代であったと言える。
ただ、二人の読書の方向性はそれぞれ異なっていた。
私は小説や随筆等、主に文学を好んで読んだが、山屋は評論や論説等、時事問題や政治に関するものを主に読んだ。
知的に成長した二人の会話や議論は、中学生時代のそれと比べ、青臭くて理屈っぽいものになった。
「なぜ結婚しているのに浮気する人がいるんだろう? 浮気なんてあり得ない。人は結婚したら、配偶者以外の異性とは関係をもつべきではないと思う」
まず私が山屋に議題を投げかけた。
「人間の性欲は際限がないからじゃないの?」
「でも、浮気しない人だっているぞ。我慢すればいいだけの話じゃないか?」
「我慢強い人とそうじゃない人がいるからじゃない? それに今の世の中、あたかも不倫はカッコいいこと、おしゃれなことであるかのようにもてはやす風潮もあるから、そういう風潮に乗っかる人もけっこういると思う」
「確かに。ドラマや歌で、不倫をテーマにしたものがヒットしたりしているもんな。何て世の中なんだろう。社会の規範が緩んでいる。浮気や不倫が人を不幸にし、世の中の乱れを生むっていうのに」
「イスラム教の国では、浮気すると石打ちの刑に遭うんだって。場合によっては死んじゃうらしい」
「それってスゴいね。だけど、そのぐらいの罰がないと、人間の性欲は抑えられないと思う……イスラムって良いな。それに比べると、日本はぶったるんでる」
「でも、イスラム教では一夫多妻制が認められているんだよね。日本では重婚は禁止されてるけど」
「……一夫多妻も問題ありか。イスラムが良いって単純には言えないのかもしれない」
私と山屋はこんな会話を交わし、世の中の風潮や社会のしくみを批判することが多かった。
山屋はこの頃、ある評論家の著作に傾倒した。読書の仕方やメモの取り方、読むべき本について書かれた知的生活への指南書である。私との会話の端々に、この本ないしはこの本の著者の影響と思われる言葉が山屋の口から発せられるようになった。
「『すべからく』って言葉を、すべて、という意味だと勘違いしている人が多いんだ」
「違うの?」
「当然のこととして、というのが正しい意味なんだ。だから、すべからく学生は勉強せよ、は、すべての学生は勉強せよ、ではなく、当然のこととして学生は勉強せよ、が正しい解釈なんだ」
「へぇー、知らなかった」
「言葉の意味を正しく理解することは大事だよ」
「そうだよな。間違えて覚えている言葉は意外と多い気がする」
「言葉を間違って覚えてしまうと、知的武装にはならないからね」
二人の間で議論が活発に行われるようになったことは、少なくとも私にとっては自分の脳を陶冶し、相手に分かりやすく話せるようになるための訓練として大いに有益であったと思う。
だがその一方、お互いの考え方や方向性の違いを生じさせる萌芽にもなったかもしれない。




