(6)高校受験
中三になり、私と山屋は同じクラスになった。来るべき高校受験を控え、二人はより頻繁に一緒に話し、行動するようになった。
二人は高校受験案内を愛読し、高校の入試難易度についてはお互いかなり詳しくなった。
「早大学院と慶応日吉、両方とも受かったら山屋ならどっちへ行きたい?」
「オレは慶応日吉かな。純ちゃんは?」
「オレは早大学院の方がいいな。慶応よりも早稲田の方が好きだから」
「海城と巣鴨ならどっちがいい?」
「海城かな。東大合格者数が海城の方が多いから」
「でもやっぱり、一番いい高校は筑波大付属駒場だな」
「開成よりも筑駒だね」
「筑駒は生徒数に占める東大合格率が一番高いからな」
「学芸大附属や筑波大付属も悪くないけどね」
「都立は戸山や西、国立のようなトップ校でも、私立の上位校に東大合格者数が及ばないから、あまり魅力を感じないな」
「昔の都立日比谷高校は東大に二百人ぐらい合格していたのにね。都立のレベルはかなり下がったよね」
こんな会話を、私と山屋は恥ずかしげもなく交わしていた。無邪気と言えば無邪気だが、何という上から目線の会話であったことか。
東大合格者数が多い高校を良い高校であると定義し、入試難易度トップレベルの高校を好き勝手に品定めし、都立高校は東大合格者数が減少しているから駄目だと切り捨てている。二人ともトップ校はおろか、中堅レベルの高校にすら進学できなかったというのに。
受験参考書や問題集にも詳しかった。
「自由自在シリーズが分かりやすくていいよ」
「よくわかるシリーズも悪くない」
「でも、よくわかるシリーズはちょっとレベルが低くない?」
「そうだね。初心者向きかな」
「問題集なら、やっぱり最高水準問題集だな」
「これぐらいはこなさないとね」
参考書や問題集をコレクションのようにあれこれ買い集め、買っても肝心の勉強には注力せず、ただ持っているだけで満足するという、不思議な心理状態であった。
高校の入試難易度に詳しかったのも、参考書や問題集をあれこれ物色したのも、現実の受験勉強の苦しさや厳しさときちんと対峙せず、受験の周辺をうろうろすることで、何となく受験対応をしている気分に浸っていたためだったと言えるのかもしれない。
高校受験に際し、私は都立と私立三校、山屋は都立と私立二校を受験した。私立の一校は、二人で相談し、入試難易度がそれほど高くないのに、大学進学実績が比較的良好な高校を一緒に受験した。
受験結果は、私は山屋と一緒に受けた私立一校のみ合格、山屋は都立のみ合格ということで、お互い第一志望を逃し、振るわなかった。
私が唯一合格した私立は、山屋と一緒に受験した男子校であった。この高校の合格発表日、私は別の私立の受験日と重なっていた。
そのため、私は合格発表を見に行くことができず、私の合否も含めて山屋が一人で見に行くことになった。
その日の夕方、山屋へ電話をかけた。
「合格発表、見に行ったか?」
「行ってきた」
「どうだった?」
「うーん、駄目だった」
「オレの結果も?」
「……ああ、受かってたよ」
「ほんと、よかった」
私はあとで、自分の薄情を反省した。これではまるで、山屋の結果などどっちでもいい、オレの結果を早く教えろ、と言わんばかりの態度である。
「……ところで、オレの入学書類、もらってきてくれたかな?」
「うん、持って帰ってきたよ」
「ありがとう。助かる」
「……書類を受け取りに窓口へ行ったら、『おめでとうございます』って言われた。オレが合格したわけでもないのに、『ありがとうございます』って返事したよ」
「……そうか、それはすまなかった」
山屋の立場からすれば、自分は不合格なのに、合格した友人の入学書類をお礼を述べて代理で受け取るというのは、彼が言葉に出した以上に屈辱的なことであったのかもしれない。
当時の私は、山屋の気持ちをそこまで推し量ることをしなかった。やはり私は薄情であったと思う。山屋がこのときの出来事を、苦い記憶として自分の胸の中に深く刻み込んだとしても何ら不思議はない、と思った。




