(4)プラモデルの塗料をくすねる
兄の悪だくみは、これだけでは終わらなかった。
近所のプラモデル屋へ私たち兄弟と山屋の三人で行ったある日、兄が私と山屋を店の隅へ手招きした。
「見ろ」
「何?」
「塗料がここにたくさん並べてある」
見ると、塗料の小瓶が背の低い棚にたくさん並べられて売られている。が、特に目新しい光景ではなく、この店へはしゅっちゅう来ていていつも目にしているし、それにこの塗料はこの店で何度も購入したことがある。
「それがどうしたの?」
すると兄は声をひそめて、
「ここ、店員の目が届かないよな?」
と言った。さらに続けた。
「盗めるぞ」
私は、兄がまたとんでもないことを言い出した、と思った。いくら塗料が欲しくても、またいくら店員の目が届かなくても、ものを盗むのはいけないことなのは当然のモラルである。
「だめだよ」
「見つからないって」
「買えばいいじゃん」
「金出さなくても手に入るんだぞ」
山屋は私と兄のやりとりをおとなしく見ていたが、盗みには反対の様子であった。
「じゃあ、いい」
私があくまで翻意しないので、兄は盗みを諦めたのかと思いきや、店員が気づいていないことを確認すると、塗料を数個手に取って、素早くズボンのポケットへそれを滑り込ませた。兄は盗みを働いたのだ。
あっけにとられる私と山屋に、兄は、
「帰るぞ」
と言って店の外へ出た。私と山屋も、兄のあとを追って店を出た。
しばらく歩いてから、兄はポケットの中の塗料を取り出し、
「ほら、簡単だろ?」
と言って私たちに見せた。
「お父さんに言いつけるぞ」
私は、兄がこれ以上盗みを重ねないように、殺し文句で制止しようとしたが、
「じゃあ、おまえが日記をずっとつけてないことをお父さんに言いつけるぞ」
と兄に切り返されてしまった。日記は毎日つけるように、と私と兄は父から指示されていて、ときどき父が二人の日記を見る。以前、私が日記をさぼっていたことがばれたとき、私は父にきつく叱られた。それがトラウマになり、日記は毎日つけるように心がけていたのだが、この一週間はつい面倒でつけていなかった。そのことを父に通報されたら困る、と思い、私は沈黙するしかなかった。
それからしばらく経ったある日、驚きの事件が起こった。
山屋がプラモデル屋で塗料を盗もうとして店員に見つかった、というのだ。
この話を初めて聞いたとき、山屋は兄と一緒に盗みを働こうとして見つかったのだろうと思ったが、山屋の単独犯行と聞いてさらに驚いた。
経緯は母の弓子から聞かされた。店員が山屋の盗みを見つけると、店では山屋の母へ連絡した。山屋の母はすぐに店へ赴いて陳謝した。
店側は、山屋が小学生であり、また盗んだものが安価な塗料であることから、穏便に済ませたいとの意向を示して学校へは通報せず、山屋をそのまま解放した。
山屋の母が山屋から事情を訊くと、盗みは私の兄に教唆された、と話したという。
そのため、山屋の母から私の母へ電話があり、私たち兄弟がこの事件を知ることになった。
当然の成り行きで、兄は母に詰問された。兄は、
「オレは、山屋へ塗料を盗めとは指示していない」
と潔白を主張したが、かつて兄が塗料を盗んだことがあるのがバレてしまった。
あとで父にもそのことが伝えられ、兄がこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
私も母に事情聴取された。私は、
「オレはやめろと言ったのに、お兄ちゃんは塗料を盗んだ。でも、オレはやってない」
と正直に話した。母はそれ以上、私には追及しなかった。
ただ、このとき母が言った言葉の中で気になることがあった。
「山屋君って、いつもあいさつしないのよね」
そう言われてみれば、山屋が私のプレハブの部屋へ遊びに来て、たまたま母の顔を見たとしても、あいさつせずうつむいてしまうようなところがあった。単なるシャイゆえのことであると私は思っていたが、母は山屋のことをあまり良く思っていないのだと私は感じた。
母に詰問された後、兄は、
「オレは山屋に盗めなんて指示してないぞ」
と私にボヤいた。きっと兄の言う通りなのだろう。
恐らく山屋は、盗みは悪いことだと分かっているが、尊敬する兄がやったことに倣って自分も盗みを働き、あとで兄に報告して褒めてもらいたかったのかもしれない。私はそんなことを思った。
後日、山屋に会ったときに盗みのことを訊いたが、山屋ははっきりと答えなかった。兄から指示されたのかどうかについても訊ねたが、それについても白黒はっきりさせず、うやむやのままで終わった。
兄も山屋へ、
「俺はおまえに盗めなんて言ってないぞ」
と強い口調で抗議したが、山屋はそれ以上言い争わなかった。
店員さんに見つかった山屋は、盗みを単独犯行だと認めるのはあまりにも荷が重すぎて、兄に指示されたと言って自分の罪を希薄化しようとしたのであろうと私は思った。心理学でいう、一種の防衛機制の発現である。
ただ、兄が盗みを働いたとき、私と山屋へもそれを強要したことには間違いがない。それを教唆だったと見做すこともできるため、兄に指示された、という山屋の言い分は真実からそれほど乖離してはいない、とも思った。




