(3)野球カードホルダーの不正入手
山屋の兄への傾倒ぶりは、購入するキットを見れば分かった。
兄はドイツ軍を集めていたが、山屋もドイツ軍のキットしか買わなかった。兄からは、
「おまえは好きな国のものを買えばいい」
と言われていたのにである。
また、兄が買ったあるキットを、山屋も後追いするかのように同じものを買うこともあった。ドイツ軍のキットはほかにもたくさんあるので、わざわざかぶせる必要はないのに、と私は思ったりした。
兄にはやや悪賢い面があった。当時、小学生の間でプロ野球選手カードというものが流行っていた。子供の手のひら大の小さなカードだが、カードは中身が見えないように一枚ずつ包装されて売られていた。
カードを購入し、開封してみて初めてどのチームのどの選手なのかが分かるので、子供たちはお気に入りの選手のカードが欲しくてつい何枚も買ってしまう、というのが言わばビジネスモデルだった。ご多分にもれず、私たち兄弟も山屋も、プロ野球選手カードを集めていた。
また、カードには「当たり」が仕込まれていて、当たりが出ると店でカードホルダーをもらえるしくみになっていた。
「当たり」の文字はカードの裏側に刷り込まれていて、店ではカードホルダーを渡す際、「渡し済」のしるしとして、カードの右肩を小さくハサミでカットしたり、カードの裏側にマジックで×を入れたりしていた。
私たちがカードを買うのは、近所のパン屋か、駄菓子屋かのどちらかだったが、当たりカードのカードホルダー「渡し済」のしるしの仕方が両店で異なっていた。
すなわち、パン屋ではカードの右肩に小さいカットを入れ、駄菓子屋ではカードの裏側にマジックで×を入れていた。
兄は、この当たりカードの「渡し済」のしるしの仕方の違いに着目した。
つまり、当たりカードが出たら、まずパン屋へそれを持って行ってカードホルダーを一つもらう。当たりカードの右側に小さいカットが入るが、それは意識して見ないと気がつかないものなので、それをそのまま駄菓子屋へ持ち込む。
駄菓子屋では、恐らくカード右側の小さいカットに気づかないであろう。そのため、ここでもカードホルダーを一つもらい、当たりカードの裏側にマジックで×を入れてもらえば、一枚の当たりカードでカードホルダーを二つ入手できることになる。
せこい、としか言いようのない算段ではあるが……。
兄は、この悪だくみに私と山屋を引き入れた。
「おまえたち、やるぞ」
私も山屋も、子供心にもそういう不正はまずいのではないかと感じてはいたが、確かにうまみがあるので、結局抗えなかった。
兄は私と山屋に、以前パン屋で買って出た当たりカードを用意するように指示した。これらの当たりカードは、すでにパン屋でカードホルダーをもらっていたので、右肩に小さいカットが入っていた。
私たち三人は駄菓子屋の近くの塀の裏側へひそんだ。
まず兄が、右肩が小さくカットされた二枚の当たりカードを駄菓子屋のおばちゃんのもとへ持って行った。
するとおばちゃんは、兄にカードホルダーを二つ渡し、当たりカードの裏側にマジックで×を入れて兄へ返した。
塀の裏側へ戻ってきた兄はにんまり笑い、
「どうだ」
と言って、入手した二つのカードホルダーを誇らしげに私と山屋に見せた。
兄は、
「次は純直、おまえが行け」
と私に指示した。私は、右肩が小さくカットされた当たりカードを一枚持って、おばちゃんのもとへ向かった。小さく高揚していた。
当たりカードを見たおばちゃんは、私にカードホルダーを一つ渡し、次いでカードの裏側にマジックで×を入れた。
足早に塀の裏側へ戻った私は、
「緊張した――」
と言って、兄と同じようにカードホルダーを二人に見せた。一種の快感が体の中を走り抜ける感触は否めなかった。
「山屋、今度はおまえの番だ」
兄が山屋を促した。山屋は、右肩が小さくカットされた当たりカードを二枚持っていた。
「うん」
のっぽの山屋は、カードホルダーを不正入手すべく、いざ駄菓子屋へ向けてその大柄な体を運んで行き、おばちゃんに二枚の当たりカードを黙って渡した。
山屋からカードを受け取ったおばちゃんは、しばらくカードを眺めながら思案している様子であった。こう立て続けに当たりカードが持ち込まれることに不審を抱いたように見受けられた。
「これ……よその店で買ったんじゃないの?」
おばちゃんにそう指摘された山屋は、ばれたか、と思ったようである。動揺する山屋を尻目に、おばちゃんは、
「カードホルダーはカードを買った店でもらってね」
と言い、そのまま二枚の当たりカードを山屋へ返した。
どうやらおばちゃんは、この当たりカードに不信感を抱いたものの、一度よその店でカードホルダーを受け取り済であり、再度不正入手しようとしたものであることまでは見抜けなかったようだった。
塀の裏側へ戻ってきた山屋は、
「だめだった」
と力なく言った。兄は、
「おまえ、トロいからだ」
と山屋へ駄目出しした。山屋は大きな体を縮こませてしょんぼりしていたので、私は悪いと思いながらも笑ってしまった。山屋は私をにらんだが、何も言わなかった。
「仕方ない」
そう言って、兄は不正入手した二つのカードホルダーのうちの一つを山屋へ渡した。
「ありがとう」
山屋は素直に受け取った。これで未遂に終わった山屋も利益を享受したことになった。
三番手の山屋の失敗は気の毒だった。当たりカードなどそれほど頻繁に出るものではないのに、兄が行き、私が行き、さらにたて続けに山屋が当たりカードを持ち込めば不審がられるのは当然のことである。
こうして、当たりカードの使い回しという不正は一度だけで終焉を迎えた。




