(13)高尾山登山と、健康ランド
しばらく月日が経ったある日、兄が、成田君と私と山屋を含めた四人で高尾山登山へ行かないかと話を持ちかけてきた。
登山後はふもとの健康ランドへ行き、大きな湯船に浸かって汗を流し、夜は食べて飲んでそのまま一泊するという魅力的なプランも付いていた。
私は賛成し、さっそく山屋を電話で誘った。山屋は少し渋る様子ではあったが、参加を了承した。
登山当日は好天に恵まれた。
電車で高尾山口駅まで行き、駅から高尾山の山頂目指して男四人で歩き始めた。家族連れや仲間うちと思われる登山客が多くみられた。
「いい天気だ」
「空気がうまい」
最初のうちは舗装された登山道をのんびりとピクニック気分で四人ほぼ固まって歩いていた。
やがて舗装がなくなり、土の登山道になった。勾配もだんだん急になってきて、みんな息が上がり始めた。
「だいぶきつくなってきたな」
「これぐらい、気合いだ」
はあはあ息をしながら足を前に運んでいたが、そのうち山屋が遅れ始めた。山屋の表情は険しかった。
「山屋、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
山屋は前かがみになり、シャツがズボンから無造作にめくれ出たまま、がに股の恰好で重たそうに勾配を上っていた。
山屋と私たち三人の距離はみるみる開いていった。
上り勾配が一旦終わり、下りに差し掛かって後ろを振り返ると、山屋が百メートルぐらい下の木の腰掛にあお向けに寝転がっている姿が見えた。相当に息が上がっているらしく、遠目にも山屋の腹がふくらんだりしぼんだりしているのが分かった。
「あいつ、しょうがねえな」
兄が舌打ちした。
「しょうがない。しばらくここで待つか」
成田君がそう言った。
山屋の姿は醜態というに等しかった。
私は、山屋が人目も気にせずあお向けに倒れ込んでいる様子は、山屋の社会性の喪失を象徴しているように感じ、哀しい気分になった。
「純直、山屋の腹を見たか?」
兄が私に訊いた。
「見たけど、何?」
「昔の山屋はあんな腹じゃなかった。あの腹回りの太さは怠け腹だ。仕事をしていないプー太郎の腹だ」
兄がそう言うと、成田君は声を出して笑った。私は笑わなかったが、確かに兄の言う通りだと思った。山屋はもはやフリーターですらなく、ただの無職、さらに付け加えれば引きこもりと言ってよかった。
かなり時間が経ってから、山屋はようやく私たち三人に追いついた。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。しんどい」
山屋は泣き言も隠さなかった。
四人は再び頂上へ向けて歩き始めたが、山屋は相変わらず苦し気な表情で重たい体を運び上げていて、しばしば私たち三人から遅れた。
高尾山は標高五九九メートル、多摩地区の小学生が遠足にやって来る初心者向けの山であり、私も山屋ももちろん何度か登山した経験がある。
小学生ですらほとんど脱落者が出ないような登山道を、山屋は心臓が破れそうな顔をして、前かがみのがに股の恰好で登っているのである。
ようやく山頂に到着した。
比較的平坦な山頂から景色を眺め、名物のきのこ汁を食べてから四人は下山した。下りは上りに比べ、山屋のしんどさはだいぶ和らいだようであった。
私たちは高尾山を下りて、この日宿泊する健康ランドへ向かった。この健康ランドは、大きな風呂場と広間の食事処、リクライニングシートにテレビが付いた休憩処、それにマッサージルームやゲームセンターもある二十四時間営業のレジャー施設で、深夜料金を払えば休憩処やソファーに泊まることができた。
健康ランドに到着すると、山屋が急に笑い出した。
「どうした?」
「……オレ、金がない」
「金がない?」
山屋はズボンのポケットから財布を取り出し、中に入っている金を大きな手のひらに乗せて我々三人へ示した。そこには千円札一枚と小銭しかなく、合わせて二千円にも満たなかった。
私たち三人は一瞬、唖然とした。中学生のお小遣い程度の金しか持たずに家を出てきたのか、と山屋の真意を測りかねた。
「……泊まるなんて、聞いてなかったから」
「えっ?」
私は耳を疑った。高尾山へ登った後、健康ランドで一泊すると確かに私は山屋へ電話で伝え、山屋も了承したはずであった。
「……じゃあ、山屋の分はオレが払うから」
成田君がそう言った。
本来なら山屋の友人として、私がそう申し出るべきであったと思わなくもなかったが、むしろ友人であるからこそ、山屋へお情けのようなことをするのには抵抗があった。それをすれば私と山屋は対等ではなくなる、という思いがあった。
結局、山屋は成田君のご厚意に甘えることとなり、四人で健康ランドへ入り、その日はそこで一晩過ごした。




