(12)一抹の懸念
私は大学を卒業し、大手家電メーカーへ就職した。
入社後、新入社員研修を経て、山梨県韮崎市にある工場の品質保証部へ配属となり、現地へ赴任した。
私は就職するまでずっと親元に住んでいたので、就職して初めて一人暮らしを経験することになった。一人暮らしは気楽である反面、家族の自然なにぎわいがない生活は想定以上に寂しさが募り、はじめのうちはホームシックにかかることがしばしばだった。仕事の不慣れからくる緊張もメンタル面の辛さを助長していたが、やがて慣れてくると、それらの症状も徐々になくなっていった。
地元を離れたため、私は山屋と会う機会が少なくなった。時折実家へ帰ったときに会っていたが、会う頻度は三、四ヶ月に一回ぐらいであった。
山屋はその後も就職せず、アルバイトをしていたが、それも途切れずにずっとやっているのではなく、金があるうちはバイトをやらず、金がなくなると短期間のバイトを入れるというやり方をしているようだった。
ある日、韮崎から実家へ帰った私は、山屋を誘って居酒屋へ飲みに行った。山屋は以前のようなほっそりとしたのっぽではなく、一回り以上ふくよかになっていた。
「最近、調子はどう?」
「金がなくてピーピーしているよ」
「仕事は? 何かやってるの?」
「ときどきバイトをね」
「そう。本は読んでる?」
「読んでるけど、最近は買わないで、図書館で借りることが多いんだ。金もないし」
「そうなの」
「雑誌なんかは駅のゴミ箱から拾ってくることもある」
「えっ? それって汚くない?」
「汚いのはさすがに拾わないけど、オレは最近、本は図書館で借りて、雑誌は駅で拾う主義なんだ」
山屋はそう言ったが、これは山屋が高校時代から傾倒している評論家の受け売りであると私はすぐに分かった。
「山屋は彼女できた?」
私は、ノーと言うに決まっているであろう質問を山屋へ投げかけた。
「いないよ」
「彼女ほしくないの?」
すると山屋は、
「オレは、酒と女はやらないんだ」
と言った。
このセリフも、山屋が傾倒する評論家の受け売りであることに気がついた。
その評論家は、無名時代は清貧(と言えば聞こえはいいが、つまり貧乏)を貫き、少し有名になってからやや身ぎれいになったものの、独身主義者であり、現に独身らしい。
山屋はこの評論家の生き方をそのままなぞりたいのだろうかと思い、鳥肌が立った。
「酒と女はやらない、って言っても、現に今、オレと一緒に酒を飲んでるじゃない?」
「うん、オマエに誘われたから飲んでるけど、そうじゃなければ飲まないよ」
山屋は私が大学を卒業する少し前から、私のことを「オマエ」と呼ぶようになった。
以前は山屋からずっと「純ちゃん」と呼ばれていたので、最初のうちは違和感を感じていたが、最近ようやく慣れた。山屋が私の呼び方を変えたのは、彼の内面で何らかの変容が生じたためなのかもしれないと私は思った。
山屋がフリーターになってからすでに四年が経過していた。
大学進学を断念した山屋が、進むべき方向を見い出すためにある程度のモラトリアム期間をもつのはやむを得ないかもしれない、そう私は思ってきたが、それにしても長過ぎる、とようやく懸念するようになった。
山屋の家はあまり裕福ではなく、山屋自身が働いて金を稼ぐことが家計を助ける上でも、また山屋自身が社会との関係を維持するためにも必要ではないか。このままでは、山屋は社会と隔絶してしまい、引きこもりになってしまうのではあるまいか。
私は、山屋のものの考え方がだんだんと現実社会にそぐわないものになりつつあることにも気づいていた。




