(11)青臭い議論
兄と、兄の友人の成田君、それに私と山屋の四人で、成田君の会社の保養宿泊施設がある房総の館山や、伊豆の伊東へ泊まりで出かけたこともあった。
大の男四人での旅行という、むさ苦しいことこの上もないが、海と海鮮料理を堪能し、それなりに楽しい時間を過ごした。
山屋と私は、大手コンビニエンスストアの配送センターで一緒にアルバイトをした。もともと兄がやっていたバイトで、二人は兄のすすめで一緒に仕事へ出ることになった。
コンビニ向け商品を店舗ごとのカゴへ仕分けて収納するという作業であり、出勤日の事前申告は必須ではなく、出勤できるときに行けば仕事を割り当ててもらえる、という緩やかなしくみであった。このバイトは主に夜間の仕事であり、夜、山屋が我が家へやって来て、私と兄と三人連れ立って配送センターへ出かけていた。
ところが、山屋がやって来ると、バイトへ行かずにそのままプレハブの部屋へ彼を招じ入れて、三人でしゃべって夜長を過ごすこともしばしばあった。
ちょうどこの時期、中東地域で湾岸戦争が勃発し、毎日のテレビのニュースで大々的に報道されていた。三人とも生意気盛りの年頃であり、戦争の是非や、アメリカとイラクどちらが正義であるか等、青臭い議論に花を咲かせていた。
ただ、あとで兄から聞いた話では、山屋は、
「プレハブの部屋でダベるぐらいなら、ちゃんとバイトへ行って金を稼ぎたかった」
と兄にもらしていたそうである。
私は学生が本業であり、バイトはあくまでも片手間の小遣い稼ぎに過ぎなかったが、山屋にとってはバイトが当時の本業であり、少しでも多く収入を得ることが必要な境遇であった。
渋る山屋をプレハブの部屋へ積極的に招じ入れたのは主に私であり、私が山屋の本業の邪魔をしていたと言えなくはない。そのことに気がつかなかったのは、やはり私の薄情のなせる業であったと考えざるを得ず、大いに反省している。
大学生の私は、比較的時間の余裕ができたこともあり、読書に多く時間を割けるようになった。私が読むのは相変わらず小説や随筆等、主に文学作品であった。
山屋も、今で言うフリーターになったため、読書時間が多くなった。彼は評論や論説等、以前から好んで読んでいたものに加え、精神世界や宗教、オカルトやUFO等にも興味の幅を広げていた。
特に、人の病気は自念障害(自分が発した悪い念がみずからに災いするという考え方)や霊障(悪い霊や不成仏霊が憑依して災いが生じるという考え方)によって引き起こされる、という説を支持し、山屋はそういう本を多く読み、かつ私にもよく話していた。
私は、そういう考え方を否定もしなかったが、積極的に肯定もせずに聞いていた。
ある日、山屋は私のプレハブの部屋へ遊びに来ていた。
たまたまその頃、政治家の汚職事件がニュース沙汰になっていて、二人でそのことについて話していた。
「世の中を良くしたいという志があって政治家になった人が、どうして汚職なんかするんだろう?」
私は山屋にそう疑問を投げかけた。
「純粋に世の中を良くしたいという情熱だけで政治家になった人は少ないんじゃないかな? もしそういう人がいたとしても、周りから煙たがられて、政治の世界ではなかなか出世できないと思うし」
山屋はそう答えた。
「政治家になる人の目的は何なんだろう?」
「それは、名声欲や権力欲だったり、経済的に余裕がある人の余暇活動、それに政治家の地位を利用して甘い汁を吸おうという人もいるだろうね。世襲で地盤を引き継ぐ人も多いね」
「世の中を良くしたいとか、改革したいとかいう人はいないのかな?」
「いないことはないと思うけど、数は少ないと思う」
「そうだとしたらひどい世の中だね。政治家の地位を利用して自分に有利に取り計ろうとする連中ばっかりだなんて」
「政治家も職業の一種だからね」
「汚職がばれた政治家は、大臣や役職を辞任したり、場合によっては党を離党したりして責任を取ったと主張するけど、それじゃあ責任を取ったとは言えないね」
「そうかな?」
「責任を取るなら、議員辞職しないと駄目なんじゃないかな」
私がそう主張すると、山屋は、
「でも、政治家は議員になることが目的だから、その地位をむざむざ手放すはずがないじゃないか!」
と、少し強い口調で言った。
「そうだけど、肚のすわっていない連中ばかりが政治家に多いというのは嘆かわしいと思わないか?」
「そんなあるべき論だけを主張するのは世の中のことを知らないからだ」
そう言うと、山屋は間髪を入れずに、
「話にならない。帰る」
と言って、そのままプレハブを出て、帰ってしまった。
私は呆気にとられた。私の発言が少々書生っぽかったことに山屋は立腹したのかもしれないが、それにしても山屋が怒気を含んでその場を立ち去るようなことはそれまでなかった。
山屋はこの頃から、以前よりも舌鋒の鋭さが増したように私は感じていた。それは彼の広範な読書の成果と言えば言えたが、一方で、彼が口舌を磨く目的が何であるのかが私には分かりにくかった。社会の現場で、それを活かす機会があれば良いのだが、と思うことがしばしばあった。




