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女神という名の中間管理職が限界らしいので、代わりに俺が仕事を引き継ぐことになりました。~届かなかった想いの配送記録~  作者: はやかわ


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二通目 優しさの残骸 3

 カブを道の脇にとめ、血の匂いを辿る。


 やめておけと、頭の奥で警鐘がなっている。


 けれど、足を止めることができない。


 女神は何も言わない。


 マリアベルは黙って着いてくる。


 まばらな血の跡が、路地の奥へ向かっている。


 …………いや、あれは。


 最初に視界に入ったのは、力なく伸ばされた腕に握られた銀のパッケージ。

 それが、路地へ向かう角から覗いていた。


 これ以上、自分の間違いを確定させるな。


 頭はそう言っているのに、確認せずにはいられない。

 

 そして、路地の入口に立つ。


 元の色がわからなくなったぼろぼろの服は無惨に破かれ、暴行を加えられた痕を晒している。

 散々泣き腫らしたのだろう、まだ乾ききっていない涙の跡が頬に残っていた。

 目は虚ろに開かれ、そこに光は宿っていない。


 男たちに弄ばれ、捨て置かれた、()()だったものがそこにはあった。


 痛いほどの静寂が、これがお前のやったことの結果だと言っているような気がした。


 胃から込み上げてくるものを抑えきれず、膝をついた。吐瀉物が喉を焼き、路地に落ちる。

 俺の吐き出したもので、少女が更に汚れていく。


 ――悠くん。あなたの優しさは誰かを救うかもしれないけれど、あなたの優しさは時に人を殺すんだよ。


「ご……ごべん゙、な゙ざい゙」


 その謝罪は誰へ向けてのものなのか、俺にはもうわからなかった。


 ◇


 血の匂いを感じたとき、いや、昨日彼がこの子を逃がした時点でこうなることはわかっていた。

 だから、本当はユウの言うことなど聞くべきではなかったのだ。

 そうすれば、この子は少なくとも死ぬことはなかった。


 どれだけ強くあろうとしても、私は人の死には耐えられない。


 だから、例えどれだけ嫌われようとも私は法を押し付ける。

 それで守れる命があることを、知っているから。


「……少女の、死亡を確認」

 

 震えそうになる声を無理やり押さえつける。

 彼女の顔と、手に握られていたお菓子をハンカチで綺麗に拭う。他に遺せるものは、何もなさそうだったから。

 そして、いまだ縋り付くように泣き叫ぶ男を引き剥がし、後ろへ放り捨てる。

 彼が近くにいては、彼女を弔うこともできない。

 ……そのままでは寒いでしょう。私の外套で悪いけれど、許してね。


「……彼女に、赤き女神の祝福を」


 感情を殺せ。そうしなければ、私は執行官ではいられない。

 

 そして、私は少女の遺体に火を放った。


 ……これは、彼女の尊厳を守るための行為だ。

 後ろの男に見られないよう、私は静かに涙を流した。


 §


 どれくらい経っただろうか、いつの間にかユウが泣きやみ、私の隣で揺らめく火を見つめていた。


「……俺が、この子を殺した」


 ぽつりと呟く。


「いいえ、殺したのはあの自警団の男。あなたじゃないわ」


「それでも……あんたの言う通りにしてれば、この子は死なずに済んだ……」


「そんなもの、結果論ね」


 確かに、あの時逃がしたからこの子は死んだ。

 けれど、あのまま捕まえていたとしてもこの子は死んでいたかもしれない。


「人の死は、誰にもわからない」


 ただ、この子たちが町で生き延びられる可能性は、ほとんどなかった。わかっていたはずなのに、なぜ私はあの時腕を離したのだろう。


「……檻は、罰ではないの。外の世界から守るための、盾。それは、あなたのためのものでもある」


 ユウが少女を殺したというなら、私も共犯だ。

 わかっていて、みすみす見逃した。


「……ねぇね?」


 掠れたその声に、胸の奥が凍りつく。

 路地の奥から年端もいかない少年が首を傾げながらこちらを見ていた。どこかあの少女の面影がある。


 私は立ち上がり、少年の前でしゃがみ込む。


「あなたの姉は、死んだわ」


 少年はその意味がわからないという顔で瞬きをした。


「ねぇね、寝てるの?」


 手に握りしめていた、あの少女が最後に持っていたものを少年の前に差し出す。


「……これは、彼女が最後まで大事にしていたもの。あなたに食べさせたかったんだと思う」


 少年はお菓子を受け取り、笑った。


「くれるの? ありがとぉ!」


 やめて……そんな目で、私を見ないで。


「おねぇちゃん、寒いの?」


 その言葉で、私は震えているのだと気付く。


「えぇ……外套を、なくしちゃってね……」


 もうここに、法の執行者はどこにもいなかった。


「ねぇね、いつ帰ってくるのかなぁ」


 この子たちを守るために、私は何人の子供を檻へ閉じ込めるのだろう。


 ◇


 目の前の炎を見つめる。


 俺は結局、今この時も何もしてやれなかった。

 中途半端な優しさの答えが、目の前の炎だ。


 何も言えずに、ただその答えを見つめ続ける。

 あの時どうすればよかった?マリアベルの言う通り、檻へ入れればよかったのか?けれど、閉じ込められた世界に幸せはあるのか?


 色々な考えが頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。


「……ねぇね?」


 そんな思考のうずを、掠れた声が断ち切った。


 あの女の子の、弟?

 見るからに不健康な顔色に、やせ細った手足。

 それを見て、少女が最後までチョコバーを握っていたことを思い出す。

 この子に食べさせたかったんだと、そう気づくのに時間はいらなかった。


「えぇ……外套を、なくしちゃってね……」


 目の前の、底抜けに優しい執行官を見やる。

 俺が何も出来ずただ泣いていた時、彼女は少女の亡骸を弔っていた。

 綺麗に整え、外套を掛けてあげていた。


 少年は何も知らない顔で、チョコバーを握りしめながら笑っている。

 それは、俺の選択の残骸だ。

 俺の中途半端な優しさの、残骸なんだ。

 

 途中で投げ出す慈悲は、ただの自己満足だ。

 途中で手を離すなら、最初から掴むべきじゃなかった。


 もし俺が全部引き受けられたなら、この子は救われるのだろうか。……たとえ救えなくても、この子の代わりに俺が壊れれば……。

 そんな都合のいい幻想に、縋りたくなった。


「……レーヴェ、さん」


 俺の呼ぶ声に、振り向かずに答えてくれる。


「……なにかしら」


 その声は、震えている。


「この子を……保護できるような施設は、ありませんか?」


 今の俺に、この子を連れていくことはできない。自分の身一つ守れない奴が、誰かを守れるだなんて驕りはない。安全なところに連れていくしかない。


「……そうね。この子は、保護対象になるわ」


 そう言うと、マリアベルは少年の手を取る。


「おでかけ?けど、ねぇねまだ帰ってきてない……」


「……お姉さんはね、遠い所へ行っちゃったの。だから、他のお友達と安全なところで帰ってくるの待とうね」


「んー?うん、わかった!」


 ……何も出来ない。何も与えられない。

 全てが毒になるのがわかってしまったから。

 だから今は、目の前の執行官に頼るしかない。


 ……こんな自分が、心底嫌になった。


 §


 少年はマリアベルの手を握り返し、もう一度だけ燃え残る炎を振り返った。

 路地の奥で揺らめく火は、まだ姉の形をしているように見える。


「ねぇね、ちゃんと帰ってくるよね?」


 何も答えられない俺に代わって「えぇ」と一言、彼女が答えてくれる。

 その返事を聞くと、楽しそうに笑いながら話してくれる。チョコバーをその手に握りしめて。


「これね、ねぇねにあげるんだ。ねぇね、甘いの好きなんだよ」


 胸の奥で、何かが折れる音がした。


「……そう。帰ってきたら、渡してあげなさい」


 マリアベルはそう言って、少年の頭を撫でる。

 その手は、ひどく優しかった。


「ユウ、あなたはそこで待っていて」


 こちらを振り返ると、短くそう言う。

 理由はわからなかったが、ただ頷いた。 

 

 マリアベルと一緒に振り返っていた少年が、一度だけ俺を見上げた。


「おにーちゃんも、またね!」


 小さな手が、空に向かって振られる。

 それが、俺に向けられた最後の挨拶だった。


 ――手、振り返してあげたら?


 力なく、手を振り返した。


 ◇


 少年を、白月教の支部へ預ける。

 教会も絶対に安全とは言い切れないが、外の世界よりはよっぽどましだろう。


 一度だけ深く息を吐き、スイッチを切り替える。

 今までの感情を皮膚ごと剥ぎ取るように。

 そうまでしないと、今の私は戻れない。


「保護案件、記録番号二一三七。孤児一名、健康状態不良。白月教、ディエル支部へ移送」


 空中に浮かんだ光の陣に、無機質な言葉が刻まれていく。


「……処理を続行する」


 さっきまで泣いていた弱い自分は、もうそこにはいない。


 §


 [Log #1432_03]

 Correction Rate : 0.00012%

 Status : Stable


 — System Note —

 その優しさの残骸は、彼の心に色濃く残った。

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