二通目 優しさの残骸 2
あれから少し走ると、城壁が見えてくる。
城壁に囲まれた小さな町は、夜の帳に包まれていた。
相変わらず衛兵には止められるが、こちらの身分がはっきりすると、すぐに通された。
軽く手を振り、門を抜ける。
まずは町までたどり着けた。
このあと、何も問題が起きなければいいが。
「今日はここに泊まる。夜間の巡回は厳しい。無用な問題は起こさないで」
「問題って俺が原因前提なんですね」
「前例からの統計よ」
ましてやこの男は女神憑き。
問題の方から寄ってきてもおかしくはない。
一瞬たりとも気は抜けない。
宿への道中、やたら視線を集めてしまった。
当たり前だ。バイクとやらが目立ちすぎる。
彼の服装は外套を羽織ることで隠せるが、この大きさは無理だ。
けれど、置いていけとも言えない。女神の祝福が掛かったものを、その辺に放っぽりだすわけにもいかない。
どうしたものか、そう悩んでいると彼がその悩みの種を置いて道の端へ寄って行った。
勝手に動くなと、あれほど言い聞かせたのに。
「何をしているの」
見ると、飢えてしゃがみ込んでいる少年に自らの食べ物を分け与えていた。
「いえ、おなか空かせてそうだったんで」
「はぁ……あなた、おなかを空かせた子供がいたら全員にそうする気?」
「俺の持ってる分で足りるなら……」
その言葉にぞっとする。
「自分の分まで差し出すって?そんな自己犠牲、だれも救えないわよ」
そういうと、彼は自嘲気味に笑った。
「救えるだなんて、思ってないですよ。これはただの、自己満足です」
過去に何があったかわからないが、随分危うい男を連れまわしているのだと、改めて意識した。
§
翌朝、身支度を手短にすませ、宿の部屋を出る。
一先ず彼には、この世界のことを知ってもらわなければいけない。
今のままの価値観だと、そう遠くないうちに壊れてしまう。
食堂でユウと待ち合わせ、一緒に宿を発つ。
市場の喧騒に気圧されながらも、どこか楽しそうに歩いているのを見て安心した。
しばらくそうして歩いていると、"問題"が彼にぶつかってきた。
私は反射的に、その細い腕を掴む。
「窃盗は犯罪。親に教えてもらわなかったかしら?」
掴んだ感触は、想像よりも軽かった。
皮膚の下で、骨が直接触れているみたいに感じられる。
「親は……去年死んだ。助けなかったのは……お前らだ!」
吐き捨てるような声。
胸の奥で何かが軋む。だが、それを表に出すわけにはいかない。
私は執行官だ。感情で裁きを曲げる資格はない。
彼は私の顔を驚いた表情で見たあと、掴まれた腕の先へ視線を移す。
その先には、彼の財布。
考えるまでもない、スリだ。
この町では日常的な、ありふれた犯罪。
「はぁ……私たちは全てを救えるわけじゃないわ」
言葉にした瞬間、自分でも驚くほど声が冷たかった。
本当は理解している。理解したくはないが。
助けられない子どもが、いくらでもいる。
だから私は、選ぶ。 選ばなかった命の重さから目を逸らしながら。
私は少年の腕を掴んだまま、衛兵の詰所へ向かおうとした。
「待った」
背後から、彼の声。
振り返る。
彼の目は、真っ直ぐこちらを見ていた。嫌なほど真っ直ぐに。
「そこまでする必要、あるんですか?」
言葉の意味を測りかねて、眉をひそめる。
「あるに決まっているでしょう。犯罪者よ」
「未遂だし、初犯かもしれない。説教して放してやればいいでしょう」
……甘い。
あまりにも。
「そんなことをしても、この子は救われないわ」
「それでも、捕まるよりは――」
「違う」
思わず、声を荒げていた。
「捕まらなければ、次はもっと大きな盗みをする。いずれは殺し合いに巻き込まれる。ここでは、それが普通よ」
少年の肩が、びくりと震えた。
それでも私は、腕を離さない。
「この世界では、命は軽い。軽すぎるほどに」
言葉が喉に引っかかる。
本当は、言いたくなかった。
けれど、事実だった。
「……それでも俺は、この少年を信じたい」
掴んでいた腕を離したのは、私も彼の言葉を信じたかったからかもしれない。
◇
「待った」
――悠くん?
気づけば彼女を止めていた。
少年にも、少年の事情があるかもしれない。
そう思うと、止めずにはいられなかった。
「そこまでする必要、あるんですか?」
俺にはとてもこの少年が、盗みをしたくてしてるようには思えなかった。
「違う」
けれど、吐き出そうとした言葉は、マリアベルの必死な否定の声に遮られた。
「捕まらなければ、次はもっと大きな盗みをする。いずれは殺し合いに巻き込まれる。ここでは、それが普通よ」
少年の肩が、びくりと震える。
服の裾もぼろぼろで、元の色がわからないほど薄汚れてしまった少年が。
「この世界では、命は軽い。軽すぎるほどに」
そうなのかもしれない。
ここは、元いた日本とは全くの別世界なのかもしれない。
それでも、何もしないままではいられなかった。
「……それでも、この少年を信じたい」
掴んでいた腕を離したのは同情からか、諦めたからか、俺にはわからなかった。
女神は、この言葉に小さな笑いをこぼした。
その後、俺は昨日の子供に渡したものと同じもの、持ち合わせてる分すべてのチョコバーを少年へ渡した。
ひったくるようにそれを受け取ると、何も言わずに逃げていく。
「盗み以外の道、見つけろよ」
小さなその背中に、そう声を掛けた。
――……見つかるといいねぇ。
§
翌日。
昨日はあれほどうるさかった女神様の声が聞こえない。朝は弱いのだろうか?
それについてはあまり考えずに食堂へ行くと、やけに酒臭かった。
朝っぱらから宴会でもしているらしい。
眠い目をこすりながら席へ着くと、向かいにマリアベルが座った。
「おはよう。よく眠れたかしら?」
「おかげさまで。……何だか朝から騒がしいですね?」
「そうね、何かいいことでもあったんじゃないかしら」
他愛もない会話をしていると、男の内の一人が一本の包装されたお菓子を、周りの連中に見せびらかすように取り出した。
「夕べよぉ、いつものガキがこの辺うろついてたから、もうこの辺にくるなって教えこんでやってたのよ」
下卑た笑い声とともに、そんなことを話している。
「そしたら、こんな上等なモンもってたんだぜ? 必死に返せって泣き喚くもんだからつい黙るまで殴っちまった」
その言葉を聞いて周りの男共はげらげらと笑う。
その笑い声が、遠い。
気づけば、席を立っていた。
爪が食い込むほど、拳を握りながら。
彼女の横を通り抜ける時、腕を掴まれる。
「……何を、しようとしているの?」
「…………」
頭に血が上って、何も言えない。言葉より、身の内から湧き上がる衝動に抗えない。
「自警団への暴行は、即刻処分扱いよ。あなたの場合はね。それでもいいなら、殴ればいい。私が処分する」
頭から冷水を掛けられた気分になる。
俺がここであの男を殴ったところで、昨日の少年が暴行された事実は覆らない。やり切れない気持ちが胸の中に渦巻く。
「あなたにできることは、あの子の無事を祈ることくらいよ。女神さまにね」
……俺はここでも無力なのか。
いや、それどころかあの子を危険に晒したのは俺だ。
何も知らなかった。
それでも"救おう"とした。
それが、あの子を外へ押し出した。
そして、正しかったのはマリアベルだった。
少なくとも、その時の俺にはそうとしか思えなかった。
そこからのことは覚えていない。気づけば宿を引き払い、バイクを押しながら町を歩いていた。
――ふわぁーあ……おはよぉ、悠くん。
呑気な声が頭の内側に響く。
女神は朝が弱いらしい。
そんなどうでもいい事実に苦笑したそのとき。
微かに、血の匂いがした――ような気がした。
月金で更新するって言っておきながら黙ってめっちゃ更新してるな!?
今週いっぱいは出来る限りいっぱい投稿しようと思います!
来週からは月金更新になります!




