二通目 優しさの残骸
[Log #1432_03] World Observation Start
World ID : 1432
Correction Rate : 0.00012%
Status : Stable
— System Note —
その優しさが齎すものの意味を、彼はまだ知らない。
§
「今日のところは、近くの町に泊めてもらいましょうか」
歩き始めてからどれくらい経っただろうか。
道無き道から、石畳の並ぶ道に出る。
あの後、街へ戻ってからマリアベルには散々怒られた。
「自分の立場を忘れたのか」「勝手なことをするなら拘束する」などに留まらず、馬鹿とか阿呆とか散々な言われようだった。
それをメーベルとギルド長が窘めてくれたが、彼らからも「一歩間違えれば死んでいた」「君の方に魔獣が行かないよう彼女が必死に食い止めていた」とお叱り言葉を受けてしまった。
その後は街で一泊し、旅支度を整えて街を出た。
ちなみに報酬は、
「私に渡すくらいなら、教会にでも寄付しといて」
と断っていた。
なんとも彼女らしい。
さて、そんなこんなで街を出てからここまで、随分と歩いてきている。
正直バイクを支える腕も、踏ん張る足も限界を迎えるところだったから助かった。
痺れきった手足に無理をさせながら、聞いてみる。
「……あ、後どれくらい……」
「そうね、四半刻くらいかしら」
「し、しはんこく……」
無理だ、ここからあと三十分も押して歩けるわけがない。
勝手なことをするなと言われてるが、カブに乗るくらいなら良いだろう。
「め、女神様……これ、エンジン掛けていいと思います?」
――普通に考えて駄目じゃない?
女神の言葉に合わせてエンジンを掛ける。
マリアベルが警戒したように振り向き、こちらに手を翳してくる。
「勝手な行動は控えなさい!今度こそ拘束するわよ!」
その言葉に構わず、俺はアクセルを吹かす。
インジケーターに灯りが付き、静かだった夜に単気筒の音が響き渡る。
「こっちはもう限界なんだ!これ以上歩けない!異世界人の脚力を基準にするなよ!」
大体、なんでそんな涼しい顔をしてられるんだ!
「もう一度言う。勝手な行動は控えなさい!」
くそ、お役人は頭が固くてしょうがない。
それなら、認めざるをえない理由を作ってやろう。
「女神様、この景色飽きましたよね?」
――ん?あー、そうだね。そろそろ飽きてきたかも?
「ほら、女神様が景色に飽きたって!神の代行者が女神様のご意志に逆らうんですか!?」
その一言に、彼女は腕を下ろす。
度し難いものを見る目をこちらに向けてくる。
「……あなた、自分が何をしているか理解しているの?」
――アッハハハ!いいぞー悠くん!よっ、神の代弁者ー!
勝った気がした。
――でもね、悠くん。神の言葉って結構重たいんだよ?
笑い声の奥で、女神はなぜか楽しそうだった。
その言葉の意味を、今の俺はまだ知らない。
彼女は、心底嫌そうな顔で告げる。
「……拘束対象を疲弊させるのは監査効率を下げる。規約第六章第三条、監査対象の身体保全は義務」
そういうと、息を一つ吐く。
「……乗りなさい。ただし、逃げれば処分する」
§
エンジン音に、彼女の肩がわずかに震える。
「改めて見ると、魔導機械とはまるで原理が違うのね。魔力を一切感じないわ」
「えぇ、まぁ。俺の世界に魔法ってのはなかったんで」
魔導機械か……町へいったら本物を見れるだろうか。
その後、俺がバイクに跨っても彼女は乗る気配を見せなかった。
「……何をしているの?」
訝しげな目がこちらへ向く。
「いや、えっと……」
まさか、バイクと同じ速度で走れるのだろうか。
「早く行きなさい。徒歩に合わせるくらいできるでしょう?」
そんな高等技術は持ち合わせてない。
「無理ですって。数メートルならまだしも、ここから数キロ、徒歩に合わせてバイクは走れません」
「……あれだけ早く走れるのに、随分不便なのね。それで?また私に後ろに乗れって?」
「……そういうことになります」
「はぁ……」
彼女はバイクと俺を交互に見て、わずかに眉をひそめた。
「徒歩に合わせられないのは、あなたの技術の問題ではないの?」
「技術の問題です」
即答すると、マリアベルは呆れたように息を吐いた。
「……情けない」
そう言いながらも、彼女は少しだけ視線を逸らす。
「……監査効率のためよ。それだけ」
言い訳がましく呟く執行官殿にヘルメットを差し出す。
「これ、被っといてください」
それを、彼女はしずしずと被った。
ぶら下がったままの顎紐を付けてやる。
そうして。
彼女は渋々、俺の背後に腰を下ろした。
思ったより軽くて、思ったより近い。
――何だか青春を感じるねぇ。
やめなさい。
「……変なことをしたら、処分するから」
「しませんって」
背中越しに、彼女の体温が伝わる。
それだけで、肺の奥の空気が足りなくなった。
「……行くわよ。ゆっくりね」
「はいはい」
アクセルを回すと、草原が静かに流れ始めた。
風が強くなり、背中に小さな重みが増す。
「……飛ばしすぎよ」
彼女の手が文句を言うように、俺の服を握りしめる。
その声は、ほんの少しだけ弱々しく、柔らかかった。




