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女神という名の中間管理職が限界らしいので、代わりに俺が仕事を引き継ぐことになりました。~届かなかった想いの配送記録~  作者: はやかわ


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一通目 届かなかった想い 4

 半刻。

 その言葉を、男は頭の中で静かに反芻する。


 外縁から街門まで半刻。

 常識では考えられない速さだ。


 封書を丁寧に折り直し、机に置く。


 マリアベル=レーヴェ。

 緋月正教の執行官。

 報告は簡潔、状況判断も的確。

 そして腕も立つ。


 信用に足る。


 だが。


 ユウ=アサクラ。

 状況に流されているように見える、力の底が知れない青年。

 ……灰狼からの手紙の輸送を引き受けたのは彼らしい。

 しかも、外縁から半刻という速さで届けている。


 鉄の獣。


 魔力の揺らぎはなく、術式の痕跡もない。

 となると恐らくは、神代遺物(レガシー)


 断じる材料はない。

 だが、あの青年の立ち居振る舞いは、この地の者のそれではなかった。


 視線は逸らさない。

 けれど、警戒の仕方を知らない。

 

 強者ではない。

 しかし弱者とも言い切れない。


「……読めないな」


 灰狼は戻れない。

 外縁部からの魔獣の流出。

 そして、深層の異常。


 偶然にしては出来すぎている。


「考えすぎるのは、悪い癖だな」


 眉間を抑え、天を仰ぐ。


 何にせよ、やることは変わらない。


 街を守る。


「街のためだ。……選り好みしている暇はない、か」


 ◇


 奥の部屋に通されてから、とんとん拍子に話が進んでいく。

 気付けば、目の前の少女と一緒に先ほどの森に戻ることになっていた。


「くれぐれもお気を付けて」


 しかも、随分重要な仕事付きで。


 ――責任重大だね、悠くん。


 胃が痛い。


 幸い、バイクはギルドの外に無事に停まっていた。

 まぁ鍵がないと動かすこともできないけれど。


 外に出ると冷たい空気が頬を撫でた。

 大した時間は経ってないと思うが、先ほどより空気が落ち着いたように感じる。

 

「はぁ……またこれに乗るのね」


 頭を抑えながらマリアベルが言う。


「じゃないと間に合わないんでしょう?」


「わかっているわ。少し、気が進まないだけよ」


 話をしながらキーを回すと、インジケーターに火が灯る。

 そして悠はキックを踏み下ろした。


 夜の街に、エンジンの音が鳴り響く。

 視線が集まるが、気にしている場合でもないか。


「乗ってください」


 ヘルメットを渡しながら乗るよう促すと、覚悟を決めたように後ろへ乗り込んできた。


「少し、飛ばしますよ」


 ――いけいけー!記録更新だー!


 後ろから文句が聞こえたような気もしたが、行きより少しスロットルを開けた。

 人が後ろに流れていく。

 石畳を蹴る振動が、ハンドル越しに伝わる。


「……もう少し、静かにはならないの?」


 風に混じって声が届く。


「構造上、難しいです」


「そう……」


 その声は風に搔き消された。


 街門が見えてくる。


「あの、これってこのまま抜けても?」


「構わないわ、緊急事態だもの。必要ならギルド長でもなんでも連れて来ればいいわ」


 責任のある立場っていうのも大変だな。

 そんなことを考えながら門兵の横を通り抜けた。


 ――青春真っ只中って感じがするね、悠くん


 こんな青春はまっぴらごめんだ。

 


 街の灯りがなくなると、途端に辺りが暗くなる。

 先が見えるのは、スーパーカブに照らされた前方だけ。

 

 全てを飲み込むような闇に向かって行ってるのに、そんなに不安を感じないのは後ろの執行官を信頼しているからか。

 魔獣の遠吠えが聞こえてくる。

 更にスロットルを開け、速度を上げる。


「……さっきより速いけれど、大丈夫なの?」


「えぇ、大丈夫です」


 何に対しての大丈夫かは、考えなかった。


 そうしてしばらく走ると、スーパーカブのヘッドライトが人影を捉える。

 眩しそうに手をかざす人影の前でバイクを止める。


「……随分早い再会になったね」


 メーベルだ。

 身体の所々から血が滲んでいる。


「えぇ、間に合ったようで何よりだわ」


「まさか戻って来るとは思わなかったよ、しかもこんなに早くね。……報告書は?」


「ちゃんと届けたわよ。その結果がこれってこと」


 マリアベルはメーベルの様子を見た後状況を尋ねる。


「負傷者は?」


 メーベルはその言葉に肩を竦める。


「二人。動けないほどじゃないけど、戦力には数えられないね」


「……そう、それなら問題ないわ」


 言うが否や、マリアベルの纏う空気の温度が熱くなっていく。


「ユウ、あなたは後ろに下がってなさい。……巻き添えで焼かれたいなら別だけれど」


「……了解」


 言われた通り、負傷者の方へ寄っていく。

 これで俺にできることはなくなった、か。


 ――悠くん。


 女神の静かな声。


 ――森の、もっと奥へいけないかな?


「は?」


 素っ頓狂な声。

 視線がこちらへ向く。

 その視線から逃げるように、離れる。


「いやいや、レーヴェさんが離れてろって言ったじゃないですか。第一、俺は戦うととか無理ですよ?」


 ――そうなんだけどね、君に……ううん、私にしかできないことがあるから。


 いつにも増して真剣な声。


 背後から炎の爆ぜる音。

 その音に、振り返った。

 空気が焦げる。


 その炎を皮切りに、灰狼のメンバーが魔獣へと切りかかる。

 だが、あまりにも魔獣の数が多い。


 更に炎が弾ける。


 夜の森を赤く染めながら、マリアベルの炎が魔獣の群れを焼き払った。


 だが、倒したそばからまた現れる。


「数が多い!」


 灰狼の一人が叫ぶ。


「奥から押し出されてる!」


 メーベルが舌打ちする。


「くそ、埒があかない!」


 マリアベルと灰狼は確かに強い。

 強いけれど、永遠に戦い続けられる訳じゃない。

 このままだと……。


 ――今なら、まだ間に合うよ。


 魔獣の数は一時的に減るが、奥からどんどん溢れ出てきている。


「……何が、あるんですか」


 ――……澱み。人の、届かずに朽ち果てた想い。


 届かずに、朽ち果てた想い。

 その言葉が胸を渦巻く。


 ――まだ芽吹いたばかり。でも、このまま放っておけばもっと大きくなる。


 森の奥、暗くて見えないはずなのに何かが脈打つように見えた気がした。

 それはまるで、心臓のように。


「それ、俺が行ってどうにかなるものなんですか」


 ――うん。


 迷いのない即答。


 ――君に、見てほしいんだ。


 胸の奥がざわつく。


 ――届かなかった想いの、成れの果てを。


 喉がひりつく。


 更に大きな爆発音。

 肉の焦げる音が鼻を()く。


「……俺と一緒に怒られてくれます?」


 ――どうしよっかな。


 少しだけ笑う。


 ――でもね、悠くん。


 その声は、ひどく静かだった。


 ――これは、私の仕事。


 呼吸が止まる。


「……女神の?」


 ――そう。


 森の奥、黒い靄が揺れる。

 見えないはずのそこに、膝を抱えた影が見えた気がした。


 ――でもね、消す前に君に”見て”ほしい。


「見るって……」


 ――どうして生まれたのか。


 風が強く吹く。

 炎が森を照らす。

 

「……これも郵便屋の仕事、か」


 ――ふふ、そうだよ。配達遅延はクレーム案件だからね?


 その軽口に心が軽くなる。

 そして悠は、森の奥へ向かってバイクを走らせた。


「ユウ!?」


 マリアベルの叫ぶ声が聞こえる。

 けれど、振り向く訳にはいかない。

 止まる訳には行かなかったから。


 土を蹴り、スーパーカブが闇の中へ滑り込む。

 枝が弾け、頬を切る。


 それに構わずヘッドライトで闇を裂き、奥へと。


 ――いいねいいね、これこそまさに青春ってやつだね!


 随分とやさぐれた青春だ。


 闇が濃くなる。

 空気が重く、冷たい。

 エンジン音が吸われる。


 まるで、森そのものが耳を塞ぐように。


 ヘッドライトの先、黒い(もや)が見える。


 その手前で――。


 何かが、動いた。


 影が揺れる。


 人のようで、そうではない。


 輪郭は崩れ、煙のように揺らぎながら、絶え間なく形を変え続けている。


 ヘッドライトに照らされ、顔らしき部分が持ち上がる。


 空洞の瞳。


 けれど、その奥に。


 確かに感情があった。


 『……どうシて』


 掠れた声。


 耳ではなく、直接頭に流れ込んでくる。


 『どウしてムカえにきてくれナいの』


 喉が渇く。


 不定形の影が一歩近づく。


 形が崩れ、背後の黒い靄と繋がっているのがわかる。


 『こコにいるノに』


 『ずっトまってるの二』


 足が竦む。


 動けない。


 怖い。


 けれど――。


 これが届かなかった想いというのなら、逃げる訳にはいかなかった。


 ――大丈夫。


 女神の声。


 ――あの子は、君を傷つけない。


 不定形の影が、手を伸ばす。


 指先は、触れる前に崩れて黒い粒になって落ちた。


 『……ぱパ』


 『ママ』


 ――悠くん。


 名前を呼ばれる。


 ――あの子の"届けたかった想い"は、あっち。


 声の先。


 地面に沈みこみながら、脈打っている。


 どくん、どくん。


 心臓のように。


 エンジンを切る。

 静寂が辺りに広がる。


「……これが」


 ――うん。


 女神の声が、少しだけ近い。


 ――澱み。


 靄の中心。

 そこに、小さな影が見える。


 膝を抱えた少女。

 顔は伏せられている。

 けれど、泣いているのがわかる。


 ……その姿があの子と重なる。


 声は聞こえない。

 胸が軋む。

 触れていいものなのかはわからなかった。

 

 けれど。

 気づけば、手が伸びていた。


 ――大丈夫だよ。


 女神のその声は、誰に向けたものなのか。


 指先が、黒い靄に触れる。

 瞬間。

 視界が歪む。


 音が遠ざかる。


 代わりに――


 声が流れ込んできた。


 『どうして』


 『迎え来てくれないの』


 『ここにいるのに』


 『パパ……ママ……』


 知らない誰かの記憶。

 ここではない、けれどここと同じ、暗い森の中。


 迎えを待つ少女。

 けれど、彼女を迎えに来る影はない。


「……っ」


 膝が震える。

 吐き気が込み上げる。


 靄の中の少女が、ゆっくり顔を上げる。

 涙で濡れた瞳。

 怒りでも、憎しみでもない。

 ただ――。

 

 ――ひとりぼっちで、寂しかったんだよね。


 女神がそっと言うと、空気が変わる。


 ――これが、私の仕事。


 柔らかな光が、バイクを中心に広がる。


 その光の中に、女神の姿を見た気がした。


 ――迎えに来るのが遅くなっちゃったね。あとは一人で大丈夫?


 その声に、黒い靄が震える。


 『うん!』

 

 少女の輪郭が、溶けていく。

 抵抗はない。

 叫びもしない。

 ただ、静かに。

 静かに、ほどけていく。

 その顔は、確かに笑っていた気がした。


 『おにいちゃん、おねえちゃん。ありがとう』


 その小さな声が確かなものだったのかはわからない。

 けれど。


 ――ごめんね。


 その声が、頭から離れなかった。


 ◇


「ユウ!?」


 魔獣を焼き払った直後だった。

 気付いた時にはバイクの咆哮が、森の奥へと消えていく。


 理解が追いつくまで数瞬。


「……っ、馬鹿!」


 マリアベルは舌打ちをし、足元を焼き払うように炎を走らせる。

 何体かの魔獣を焼き払うが、数が減らない。

 焼き払ったそばから溢れてくる。

 まるで、何かに押し出されるように。


「レーヴェ殿!」


 メーベルの声が聞こえる。

 抑えるからでかいのを入れろ、という事だろう。


「ちっ!あいつ、帰ってきたらただじゃおかない!」


 今は目の前のことだけ考えろ。

 意識を、魔力を掌に集中させる。

 小さく、鋭く、貫けるように。

 数を増やしていく。


「伏せなさい!」


 炎の槍が夜を裂く。

 放射状に放たれたそれは、押し寄せる魔獣の群れを穿つ。

 

 異変に気付いたのはその時だった。

 森そのものが息を止めたかのように静まり返る。


 次の瞬間。


 溢れ出していた魔獣の動きが、止まった。

 メーベルが剣を構えたまま眉を顰める。


 何かの衝動に駆られるように牙を剥いていた魔獣たちからその衝動が消えていた。

 そしてそのまま、力を失ったかのように崩れ落ちる。


 マリアベルは炎を消さず、森の奥を睨む。

 森の奥、深層から漂っていた重苦しい圧が消えている。


「……澱みが、消えた?」


 有り得ない。


 あれ程濃く沈んでいた気配が、前触れもなく断ち切られるなど……。


 視線を奥へと向ける。

 その闇の向こうにいるはずの青年を思い出し、奥歯を噛み締めた。


「……本当に、馬鹿ね」


 ……本当に、何なのよあいつは。


 ◇


 光は、既に消えかけていた。


 黒い靄は跡形もない。

 残っているのは夜の森と、スーパーカブ。


「……終わった、んですか」


 ――うん。


 いつもと変わらない声。


 ――終わったよ。……うん、ちゃんと……消せた、よ。


 柔らかくて、軽い。

 けれど、どこか苦しそうな……。


 ――……配達完了、女神ポイント加算だね!


 そんな疑問は、楽しげな声に上書きされる。


「何ですか、女神ポイントって……」


 膝の震えがまだ収まらない。

 さっき見た光景が、頭の奥に残っている。


 迎えを待つ少女。

 届かなかった想い。

 そしてその、成れの果て。


「……あれ、放っておいたらどうなってたんですか?」


 少しの沈黙。


 ――もっと重くなってた。


 声が、わずかに遠い。


 ――もっと多くを、巻き込んでいた。


「……そうですか」


 ――そうならなかったのは悠くん、君のおかげだよ。


 その声は、どこか誇らしげだった。


「女神様のお仕事も大変ですね」


 冗談半分で言う。

 少し間があって。


 ――ううん。


 返ってきたのは、穏やかな声。


 ――だってこれは、私の仕事だから。


 その声に、ほんのわずかな引っかかりを覚える。


「これで、配達完了ですか?」


 ――とりあえず、一件だけね!まだまだ配達は残ってるんだから、頼んだよ?郵便屋さん。


 先程感じた違和感は、無くなっている。


 ――……ありがとう、悠くん。


 その言葉だけが、やけに静かに残った。


  §


 瘴気の揺らぎを彼女は感じる。


 遠くの領地で、澱みが一つ消えたようだ。

 

 長い赤髪を翻し、彼女は玉座に深く腰掛ける。


「……はぁ、彼奴め。無理はするなと何度も言ったのに」


 彼女は宙に浮かぶ数値を横目に見る。

 

 0.00012%。


 ――増えている。


 「ログに異物が紛れ込んだな。ユエよ、これもお前の観測していた未来か? 」


 小さく、けれど長く息を吐く。


「……ただの人間に何ができるとも思わんがな」


 そうして、興味をなくしたように目を閉じる。


 「……ま、誤差範囲内だし、今しばらくは大丈夫か」


 欠伸混じりにそう呟くと、彼女は玉座の上で身体を丸めた。


 空気の奥底に微かに渦巻く異変の気配は、ここからは見えない”どこか遠くの世界”をそっと揺らすことになる。


 誰の意思でもない。ただ、一つの観測対象が“世界にとって最善”と判定されたことによって。


 彼女の口元が薄く弧を描く。


「……さて、例外は嫌いなはずなんだけどね」


 §


 [Log #1432_01]

 Correction Rate : 0.00012%

 Status : Stable


 — System Note —

 彼は、知ってしまった。


 届けられなかった想いの――その、成れの果てを。

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