一通目 届かなかった想い 2
あの後、悠は大人しく少女――マリアベルの後ろをバイクを押しながら歩いていた。
山道とかでないのが本当に救いだった。
――よかったね、悠くん。保護してもらえるよ、保護!
あのままだと確実に迷子だったもんねぇ。
マリアベルに保護されなければ迷子になっていたらしい。
……え?
この女神、案内してくれないの?
「……けど、良かったんですか?ずれた可能性とやらを、届けなきゃいけないんでしょう?」
――大丈夫、大丈夫。さっきも言ったけど、まだ猶予はあるからね。それより折角の異世界なんだから、観光しないとだよ!
軽い。
初対面の時からだが、全幅の信用の置けない神様ってのも珍しい、不安ばかりが募る。
まるで、夏休みの宿題をギリギリまで先延ばしにしてる気分だ。
あれは結局、最後はどうにかなってたな。
……いや、ならなかったこともあったか。
「さっきからうるさいわね。喋ってる余裕があるならさっさと歩きなさい」
「……はい」
怒られてしまった。
――ぶーぶー!悠くんともっと喋らせろー!
どうせ聞こえてない抗議の声を、女神が上げる。
バイクを押しながら歩く森は、思ったよりも広かった。
木々の隙間から見える空は二重の月に照らされている。
風は湿っていて、どこか鉄の匂いが混じっている。
異世界感満載なのに、感覚だけは深夜の郊外と変わらない。
自分の影が、月光で二重に伸びていた。
どっちが本物なんだろうな、これ。
前を歩くマリアベルは、悠の存在を忘れていないかと疑うほど静かだ。
足取りは軽く、まるで散歩でもしているみたいなのに、背中から漂う緊張感だけは消えていない。
「……あのさ」
「何」
即答。振り向きもしない。
「さっきの“保護”って、どういう扱い……なんですか。保護って、拘束の丁寧語みたいなやつ?」
ほんの少しだけ、彼女の歩みが止まる。
「収……」
言いかけて、口を閉じた。
……今”収”って言いかけたろ。
「……保護よ」
「……収容なんだ」
「安心しなさい。着いてすぐ処分だなんだってことにはならないから。今あなたが灰になっていないのが、その証拠」
その言葉に、変な想像がよぎる。
灰になった自分が風に乗って、どこかに積もる光景。
火葬の手間が省けて効率的ですね、とは口に出さなかった。
「原則は処分。例外が拘束か監査。……零章第一条よ」
「……処分の方が原則なんですね」
「当然でしょう。秩序は、例外を嫌う。例外は、秩序を腐らせる最初の菌だもの」
「じゃあ、俺はその例外ですか」
彼女は少しだけ振り返り、悠を見る。
「今のところは、そうね」
その瞳には敵意よりも不快感が浮かび、淡々としている声はわずかに硬くなる。
多分、規約のどこにも載ってない"異常値"なんだろう。
それにしたってその異物を見るような目はやめて頂きたい、顔が良くてもご褒美にはならないぞ。
――悠くん、今のところは例外だって。かっこいいね、主人公みたい。
「主人公じゃなくて、監査対象の間違いでしょう……」
口の中で呟く。
彼女は再び前を向いた。
「……女神と会話できる人間なんて、記録上は勇者しかいない。勇者はすべて召喚術式で呼ばれる。規約外の転移者が女神憑き、なんて前例はない」
「前例第一号ってこと?」
「前例は、たいてい悲惨な記録として残るものよ」
やめてほしい。
……いや、本当に。
§
しばらく歩くと、開けた場所に出た。
草の向こうに橙色の揺らぎが見える。
その揺らぎの周りに、数人の男女が座っていた。
その内の一人が立ち上がる。
焦げた脂の匂いと、人の声が風に乗って届く。
低く、短い。
「そこで止まれ!」
……マリアベルの歩みが止まる。
「我々はこの先の街で活動している冒険者パーティだ。外縁部の調査のために来ている。そちらの所属、目的を聞かせてほしい」
随分理性的なリーダーらしい。
どこぞの執行官みたいに問答無用で襲われなくてよかった。
「緋月正教所属、目的はこの男を教会本部へ連れて行くことよ」
そう言いながら外套を開くと、胸元の紋章が火に照らされる。
悠は、そのやり取りを黙って見ていた。
「……神官さんか。いや、すまない、見慣れない魔導機械……のようなのが見えたのでね。無警戒に近づかせるわけにはいかなかったんだ」
「いえ、その警戒は最もだわ。私はマリアベル=レーヴェ。緋月正教所属の執行官よ」
「緋月正教所属の執行官……?あの……?」
マリアベルが名乗った途端、火の向こうの空気がわずかに強張る。
「あなたの言う”あの執行官”がどの執行官かは私にはわからないけれど、その言い方はあまり愉快ではないわね」
「あ、あぁ、重ね重ねすまない。執行官殿にお会いするのは初めてでね。私はメーベル、冒険者パーティ『灰狼』のリーダーを務めている。……そちらの不思議な鉄の、獣……を連れている彼は?」
メーベルと名乗った女性の視線がこちらへ向く。
「……保護対象、とでも言えばいいかしら」
どうやら言葉を選んだみたいだ。
嘘つけ、収容対象の間違いだろう。
「……俺は、朝倉悠。ここで迷子になっていたところを執行官殿に保護、ということになっています」
メーベルの目がわずかに細められる。
その視線は、悠ではなく――言葉のほうを測っているようだった。
◇
焚き火の向こうで、メーベルは少女と青年を見つめながら内心で舌打ちをした。
外縁部の調査に来て三日。
魔獣の数は想定を超えている。
パーティメンバーの消耗もだ。
想定が甘かった、と言われればそれまでだが――。
今ここを離れれば、街へ流れる可能性がある。
だが補給もなしに調査は続けられない。
教会の執行官。
年端のいかない少女がまさかとは思ったが、こんな外縁に単独で出られるというなら。
……相応の実力は持っているはずだ。
仲間はただ黙ってことの成り行きを見ている。
「執行官殿」
「レーヴェで構わないわ」
「では、レーヴェ殿。ものは相談なのだが、我々の依頼を受けてくれないか?」
足止めを頼めれば理想だが、任務中の執行官が足を止めるとは思えない。
「……内容によるわね」
少し考えてからの答えに、メーベルは小さく息を吐く。
交渉の席には着いてくれた。
「現在、外縁部の魔獣が増えている。街へ流れる可能性があるため、我々はここを離れられない」
マリアベルは、メーベルから目を離さない。
言葉を選べ、間違えるな。
「もし可能であれば、短時間で構わない。この周辺の掃討に協力してほしい」
目の前の少女が口を開く前に、畳みかける。
「それが難しいなら――この状況を記した報告書をギルドへ届けてもらえないか」
沈黙が落ちる。
「……届けるのは、構わないけれど」
よかった……。
これで、最悪は避けられる。
そうとなれば――。
「……街まで、歩きだとどれだけ掛かります?」
覚悟を決めたところに、水を差す声。
視線が一斉に集まる。
「……ここからだと一日は掛かる」
言葉に苛立ちが混ざる。
「今から出て、間に合う距離ですか」
場の空気がわずかに変わる。
この青年は、何を言いたい。
「状況は切迫してるんですよね」
誰も答えない。
答えるまでもない。
だから、青年は続ける。
「じゃあ」
青年の視線が、鉄の獣へ向く。
「俺が行きます」
肩を竦めて、場違いなほど軽く言う。
「届けるのが、俺の仕事なんで」
私の話を聞いていなかったのか?
どうして、そんな軽く引き受けられる。
「……届ける? あなたが?」
この青年にそれが出来るとは到底思えない。
「手紙を届けるのは、俺の仕事だ」
それに、と青年は続ける。
「バイクなら、歩きよりよっぽど速い」
自然と、バイクと呼ばれた鉄の獣に視線が向く。
「……却下だ」
何か言いたげな青年を無視して続ける。
「理由は三つ」
指を一本立てる。
「一つ、ここから街まで君が無事に辿り着けるとは思えない」
二本目。
「二つ、その魔導機械を我々は知らない」
三本目。
「三つ、これはシンプルだ。――お前を信用できない」
執行官は目を閉じ、ただ話を聞いている。
「正体のわからないものに、街の命運を預けられるほど楽観的ではない」
「でも、街に行くだけなら――」
男はなおも食い下がる。
「その"街に行くだけ"の道中で魔獣に出くわしたら?」
有無を言わさない。
言わせない。
「はぁ……それなら、私が同行するわ」
火が爆ぜる。
「今は一刻も争う時。だったら少しでも早く届いた方がいいんじゃない?」
「……レーヴェ殿」
空気が止まる。
「実際、それの速さは大したものよ。私の魔法を躱したのだから」
マリアベルの視線が鉄の獣へ移る。
「けれど――」
「私のことも、信用できないかしら?」
その言葉に、口を噤む。
口を閉ざした私を見て、マリアベルは満足そうに頷いた。
「ただし」
マリアベルが、青年へ近づく。
「街に入る際は私が同伴。あなたは、私の監視下から離れないで」
視線が、悠を射抜いた。
「逸脱した場合、その場で拘束する」
「……了解」
……正直、この青年のことはまだ信用できない。
けれど分の悪い賭けではなくなった。
それなら――
賭けてみてもいいだろう。
「わかった、私の負けだ」
最善の結果ではない。
だが、報告書が早く届くなら生き残れる可能性もぐっと上がる。
メーベルは、小さく頷いた。
「……これを。ギルドへ最優先で届けてくれ」
懐から封筒を取り出し、マリアベルへ差し出す。
「封は切るな。受付に渡せば通じる」
彼女は無言で受け取った。
「街道の南側は避けろ。今夜は動きがあるはずだ」
「えぇ、覚えておくわ」
メーベルの視線が、鉄の獣に向く。
「……あれは、音は出るのか?」
「多少は」
「なら、街へ近づく前に速度を落とせ。門番が変に警戒する」
それだけ言うと、彼女は焚火へ視線を戻した。
「無事を祈る」
「あなたたちもね」
そのやり取りを最後に、マリアベルは踵を返す。
その背に、声を投げた。
「――レーヴェ殿」
少女がわずかに振り向く。
「街が落ち着いたら、酒でも奢らせてくれ」
火の向こうで、誰かが小さく笑う。
「……気が向いたらね」
それだけ言って、彼女は歩き出した。
執行官の背が闇に溶けかけた頃、メーベルが付け足すように言った。
「……あなたもだ、鉄の獣の御者」
「……はい」
風が吹き、火の粉が夜に散った。
二重の月の下、鉄の獣が低く軋む。
街の灯りはまだ――消えていない。
今後は月、金で更新していく予定です
完結まで走りきるのでブクマ、高評価お願いします




