一通目 届かなかった想い
[Log #1432_01] World Observation Start
World ID : 1432
Correction Rate : 0.00013%
Status : Stable
— System Note —
彼は、英雄でも賢者でもない。
無力で、それでも手を伸ばす人間だった。
§
魔力の揺らぎを感じる。
胸の辺りが落ち着かない。
こういうときは、大抵ろくな目に遭わない。
朝から仕事をしていて疲れてるんだ。
今日くらい、何事もなく帰らせて欲しい。
森の中の湿った風が、血と焦げた肉の匂いを運んでくる。
巡回予定区域は三つ。
書類仕事は帰ってから。
今日倒した魔獣の数は……覚えていない。
――真面目にやりすぎだ、と同期は言う。
私自身もそう思う。
真面目すぎて、融通の効かない人間がどうなったか。
私は知っている。
父は、そうして消えた。
法を守らせるためには、力が無ければいけない。
力の無い正義に、意味なんてない。
そんなことを考えていたときだった。
空間が、軋んだ。
耳鳴り。
空気の密度が歪む。
赤の系譜の術式でも、青の系譜の転移魔法でもない。
未知の現象。
私は即座に外套の留め具を外し、魔力を展開する。
心臓が速くなる。
これは「よくある異常」ではない。
もっと、根本的に世界の外側から来る種類のノイズだ。
次の瞬間。
空から、人間が落ちてきた。
いや――正確には、人間と“何か”が同時に出現した。
召喚術式が発動した様子は、ない。
地面に叩きつけられたのは、若い男。
その脇に、鉄でできた獣が顕現する。
四肢はなく、二輪。
金属の骨格に、油と煤の匂い。
生物ではない。
魔導機械でもない。
|もしかして……神代遺物?
神代時代の遺物。
今の技術では再現不可能な、高度文明の遺物。
最悪だ。
私は舌打ちし、魔力を凝縮する。
父は、法を守らない悪徳貴族を糾弾した。
なんの力もないのに、法が全てを解決すると信じて。
そして、父はその法に殺された。
無実の罪を着せられて。
だから、私は力で法を押し通す。
男が身じろぎする。
意識はあるらしい。
ならば、容赦はしない。
死なない程度に威力を落とした炎槍を男に向かって放つ。
気づいた頃には躱せないところまで迫ったそれは、確実に当たる、はずだった。
当たるはずのそれは、男の前で揺らいで消える。
「……魔力反応が、ない?」
炎弾を消すような術式が発動していたわけでもない。
ただ、そうあるのが自然だというように消えた。
……理解が追いつかないが、やることは変わらない。
切り替えろ。
そう自分に言い聞かせる。
鉄の獣の構造体が、内部で何かを燃焼させている。
魔力ではない。未知のエネルギー。
そのエネルギーが爆ぜる。
その体躯を前方へと押し出す。
想定していた以上に、速い。
不快だ。
――いや、違う。
理解できないものは、排除すべきと判断する。
右手を掲げる。
炎が掌に宿る。
赤の系譜、制裁の火。
「止まれ!」
狙いを定め、炎で象った槍を放つ。
三本飛ばしたうちの一本。
それが遺物の後部についていた赤い箱を弾き飛ばす。
その衝撃で男は転倒した。
「その場から一歩でも動いたら、次は胴体を焼く」
声は震えていない。
震えさせてはいけない。
執行官は、感情を見せてはいけない。
「いや、話せば――」
男は驚いた顔でこちらを見る。
異界人特有の表情。恐怖と困惑。
それでも、私には関係ない。
「話す価値があるかは、これから決める」
一歩踏み出す。
足取りに怯えは、ない。
「今の転移現象、原因はあなた? そうなのであれば、世界にとって害になる。つまり、あなたは異物。異物は――排除対象よ」
そう告げると目の前の男がぼそぼそ何かを呟く。
魔術の詠唱……?
警戒レベルをあげる。
「名乗れ。所属、目的、侵入経路。
一つでも嘘を吐けば、即座に焼く」
炎は揺れない。
揺れているのは、私の心臓だけだ。
それでも、震えは許されない。
男はしばらく黙り込み、それから名乗った。
「名前は悠、朝倉悠。所属は……郵便屋だ」
「……ユービン?」
意味不明な単語。
「ちっ、外からの転移者か……本当に、最悪」
しかも、規約外の。
◇
物騒なものをこちらに突きつけながら、少女が俺に告げる。
「神定法第二章第三節。
召喚契約原理に基づき、認証なき召喚体は秩序を乱す異物と判断する」
……知らない世界の知らない法律だ。
そんなもの述べられても何も分からない。
「要するに、あなたの存在は規約違反よ」
わかりやすい解説どうも。
「……女神様、俺って規約違反らしいです」
――あー、そういえばそんな規約……あった、かな?
「そういうのはですねぇ……」
緊張した場面のはずだ。
なのに、ゆるいやり取りを続ける。
そして、そのやり取り聞いていた少女が目を丸くしている。
まるで信じられないものを見たかのように。
「女神……様?あなた、女神と話せるの?」
「え? まぁ、うん。……え、この声って他の人には聞こえてないんです?」
――あったりまえじゃん。悠くん以外には聞こえないよ!悠くん以外とお喋りしてもしょうがないし。
全く、この女神は……。
「…………そういうのは、早く言ってくださいよ……」
悠がぼやくのと同時に、手の先に燃え盛っていた炎が消えた。
◇
そんなの聞いてない。
女神と会話できる人間?
そんなの、勇者しかしらない。
まさか、この目の前の男が?
こんな、虫の一匹も殺せなさそうな?
待て。
そもそも女神憑きということは、神定法より外れた存在、上位存在。
そんなもの、歴史書の中の……神話的存在。
一執行官ごときがどうこうできることではない。
……膝を着いて女神に祈りたい気分だわ。
ゆっくりと、息を吐く。
「ユウ=アサクラ……と言ったわね。あなた、もしかして……勇者?」
なんて馬鹿みたいな質問だろう。
こんなの同僚に聞かれたら半年は酒の席のネタにされる。
「勇者?いやいや、だから俺は郵便屋だって。……今はただの個人配達員だけど」
個人配達員?つまり、運び屋……みたいなものだろうか。
「はぁ……。まぁ、いいわ。あなたが何者なのかはいずれわかることだから」
この男を、放逐するわけにはいかない。
「私は緋月正教所属、二等執行官のマリアベル=レーヴェ。あなたの身柄は緋月正教の本部にて保護します。よろしいですね?白の女神、ユエ」
腹に力を込め、女神に是非を問う。
目の前の男、ユウ=アサクラが虚空に向かって何事か話す。
本当に女神と会話をしているのか。
……この男の頭が正常なのであれば、だが。
「あー、えっと……配達猶予はあるから、俺がいいならいいそう、です」
「そう、なら問題ないわね」
こちらは問題ばかりだが。
……今からもう、頭が痛くて仕方がない。




