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女神という名の中間管理職が限界らしいので、代わりに俺が仕事を引き継ぐことになりました。~届かなかった想いの配送記録~  作者: はやかわ


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1/16

拝啓、あのとき選ばれなかった君へ

 [Intro #1432_01] Observation Log Start

 [System Time: 0000-00-00T00:00:00]

 [Error] Area03 log acquisition failed

 [Note] 悠くんへ。

 私はこの世界を愛しています。

 だから――


 §


 赤と白のスーパーカブが、春の風を裂いて走る。

 誰かの”言葉に出来なかった想い”を乗せて。

 ガタガタと音を立てるリアボックスが、停車と共に鳴き止む。


 その時、歩道側から一通の白い封筒が宙に浮いた。

 くるりと裏返り、車道へ滑り出る。


 白。

 

 記憶の底に沈めておきたかった色。


 ――渡せなかった手紙。


 机の奥。

 触れては、戻した。


 その白が、あの日の光に重なる。

 あの日、伸ばせなかった手。


 風が、強く吹く。


 ――アスファルトの上を封筒が滑る。


 咄嗟に地面を蹴った。

 支えを失ったカブがゆっくりと倒れる。

 エンジン音が、遠のく。


 世界が、わずかに歪んだ。


 あの日差しが、蘇る。


 ――また、伸ばさないのか。


 倒れていくカブを尻目に、路面に踏み出す。


 腕が伸びる。

 指先が触れる。

 封筒を――掴む。


 視界が反転する。


 赤と白の車体が横倒しになる。

 焼けたゴムの匂い。


 封筒だけが胸元にある。

 指は離れていない。


 ――あぁ、また帰れなくなったな。


 机の奥に残したままの、あの封筒のことを思い出す。

 今度は、離さなかった。

 それだけでよかった。


 そして、風が止む。

 まるで最初から風など吹いていなかったかのように。

 何かが、ズレるような音が聞こえた。


 § Correction Rate : 0.00015%


 ……もーし。


 遠くから声が聞こえる。

 鈴のように澄み、触れたら消えてしまいそうな声だ。

 

「もしもーし!おーい、お寝坊配達員クーン!配達遅延はクレーム案件ですよー!」


 もう一度、今度はもっと近くから。

 その言葉に意識が戻る。


 目を開けるとそこは無数の文字列が浮かぶ、音のない空間。

 文字列の意味はわからないが、今まで自分の生きていた世界でないことが一目でわかる。

 その光景に、目を瞠る。


「やーっと起きたね、お寝坊さん」


 その声に振り向く。

 そこには透き通る銀髪と柔らかな光を纏った女性がしゃがんで、こちらを覗き込んでいた。

 あまりの美しさに息を飲む。

 

 優しく微笑む瞳は、まるで世界の全てを包み込むようでいて――けれど、どこか虚ろで、瞳はこちらを捉えているのにどこか遠くを見ていた。


 まるで俺ではなく"俺という現象"を観測しているみたいに。


「……女神、様?」


 言葉にした瞬間、彼女は一瞬だけ――ほんのわずかに表情を曇らせる。


 それを取り繕うように彼女はくすりと笑う。

 まるで何度も何度も練習したかのような、型通りの笑顔。


「ぴんぽーん、だいせいかーい!」

 

 そういって笑う女神を横目に、とりあえず俺は身体を起こした。

 改めて女神を見ると、文字列を見て首を傾げている。


「あれ、君と会うのは三、いや四回……目?」


 絶対に初対面である。


「いや、初対面ですよ。会ったことないです、ましてや三回も四回も」


 そう言うと目の前の女神は取り繕うように笑顔を浮かべる。


「あれ、そうだったっけー?んー……言われてみれば、そんな気も……?いやぁ、最近記憶周りのログがごちゃついててさぁ」


 大丈夫だろうか?

 そんな心配をよそに、女神は続ける。


「本当はね、君と会う予定はなかったんだ。だけどなんでだろう……ログが、ずれちゃって」


 彼女はまるで世間話でもするかのように、肩を竦めておどけて言う。

 

「まあ、私の管理ミスってやつかな。神様失格だね」


 その軽い物言いが、何かを誤魔化すように見えた。


 気になることが山ほどあるが、まずは聞くべきことがある。


「……あの、ありえない事が起こりすぎて脳がパンクしそうなんですけど、俺は……死んだんですか?」


「うん、君は死んだよ。世界が君を"選ばなかった"みたい」


 その一言で、時間が止まる。

 

 ――選ばなかったから、死んだ?


 その言葉が、ゆっくり沈む。


 胸の奥がざわつく。

 それが怒りなのか、悔しさなのか、それともただの自己弁護なのか――自分でも判別がつかなかった。


 ……いや。


 車は、見えていた。

 足は、一瞬止まった。

 間に合わないかもしれない。

 そう思うと足が竦んだ。


 けれど――。


「……そうですか」


 思ったより、声は静かだった。

 本当は、あまりの理不尽に叫びたかった。

 なのに、掠れた喉からは声が出なかった。


 ただ一つ、最後に握っていた手紙の感触。

 それだけが指先に残っている気がした。


「君はね、“世界が選ばなかった可能性”。だから私は、君が好きなんだ」


 好き。

 

 ――それは、選ばれなかった理由には……ならなかった。


 言いたいことがあるはずなのに、言葉が出ない。

 喉が、うまく動かない。

 

 女神は瞬きをする。


「選ばれなかったからといって、君が不要になったわけじゃないよ」


 その声は優しい。

 優しいのに、どこか遠い。


 不要になったわけではない。

 その言葉の意味を考える。


「じゃあ、何で……」


 次の瞬間――。

 

 目の前に手紙が差し出される。

 それは俺が最後に掴んだ、あの手紙だった。

 掴んだけれど、届けられなかった想い。

 

 女神は手紙を見つめる。


 そこに記された文字ではなく、俺の、指の位置を観測するように。


「……君は、最後まで手を伸ばしたんだね」

 

 そう言って、女神は少しだけ目を細め――


「選ばれなかったのに、ちゃんと“選んだ”。……だから私は、そういう君が好きなんだよ」


 今にも消えてしまいそうな、縋るような声で呟いた。


 ……彼女の瞳から、感情の色が消える。


「あなたには、この“ずれた可能性”を、正しい場所へ届け、世界を修復してもらいます」


 ……随分と勝手だな。


「……ほんと、配達員って厄介な生き物だよね」


 女神は、差し出された手紙ではなく――伸ばされていない俺の手を見ていた。

 

「届かないものを、無理やり届けようとするんだから」


 その視線は、何を見ていたのか。

 

「でも、それが郵便屋さんのお仕事」


 ――遅れて、視線が俺を捉える。

 

「――そうでしょ?」


 それでも……俺は、差し出された手紙に手を伸ばした。

 彼女の指先に、一瞬だけ触れる。


 温度は、感じられない。


 俺に、この仕事が出来るのか……。


「……けど、やるしかないか」


 その瞬間。


 空間に亀裂が走る。

 文字列が悲鳴のように乱れた。


 § Correction Rate : 1.48%

 



 ――検出。


 

 

 白い空間が砕けた。


 音はなかった。

 ただ、世界の前提条件が書き換えられた感覚だけがあった。


 足元の地面が消え、上下の概念が反転する。

 重力が遅れて追いついてくる。

 そして、身体が引き裂かれるように落下した。


 風が叩きつける。

 肺に空気が流れ込む。


 ――行ってらっしゃい、悠くん

 配送先id_1432/01

 返品不可だから気をつけてねー。


 軽い声だけが、落下の奥から聞こえた。


「返品不可って……っ」


 抗議する暇も、相手の姿もない。

 視界が裏返り、そのまま地面に叩きつけられる。

 鈍い衝撃。

 肺から空気が押し出される。


「……っ!」

 

 草の匂いと、土の湿り気。

 見慣れない星空。

 呼吸を何とか整え、息を一つ吐く。


 視界の端で、赤と白の車体が地面に降り立つ。

 祝福だとかなんとか言っていたスーパーカブ。

 それがまるで当然のようにそこにあった。


「……ほんとに来たな」


 体を起こし、空を見上げる。

 そこにあったのは、見覚えのない光景。

 その光景に、目を見開いた。


「……月が、二つ?」


 一つは白く、もう一つは赤みを帯びた小さな月。

 どちらも不自然なほど近い。

 けれど手を伸ばしても届かない距離に浮かんでいる。


 言葉にした瞬間、胸の奥がひやりと冷える。

 ここが“違う世界”であるという事実を、容赦なく突きつけられた気がした。


 ――あ、悠くん。向こうに女の子いるよ、赤の系譜の子。かわいいなぁ。


「は?」


 異世界に来たばかりだというのに、こちらの事情はお構いなしとばかりに女神は呑気に言う。

 

 草原の向こう。

 焚き火のように揺らめく、赤い光。


 次の瞬間、空気が爆ぜた。


 空気が、燃えた。

 匂いじゃない。

 皮膚の内側から焦げる予感。


 火炎が悠に向かって一直線に飛んでくる。


 それは“炎”というより、赤く灼けた槍だった。

 空気を押しのけ、地面の草を一瞬で炭に変えながら迫る。


 避けられない。

 そう理解するより先に、肺が勝手に息を止めた。


 熱が来る。

 皮膚が裂ける。

 骨まで焼ける。


 目を閉じる。


 ――来ない。


 ……熱が、来ない。


 恐る恐る目を開けると、目の前の炎はまるで“演算を中断された映像”のように停止していた。


 目の前の、手の届く距離で。


 いや、違う。


 停止"させられている"。


 意味がわからない。


 ただ――まだ、生きている。

 

 背中は汗で濡れていた。

 

 遅れて、震えが来る。

 

 何が起きたかわからないが、このまま的になるのはごめんだ。

 スロットルを思いっきり開け、タイヤが土を巻き上げる。

 後輪に押され、前輪が持ち上がる。

 それを無理やり抑え込み、その場を離れた。

 すると、さっきまでの位置に槍の形をした炎が二本。

 

 突き刺さる。


「っ!待てっ、いきなり何――!」


「止まれ!」


 鋭い声。

 炎の向こうに、少女の姿があった。


 赤い外套に、煤のついたブーツ。

 長い赤髪が夜風に揺れ、金色の瞳がこちらを射抜く。


 年は、悠より少し下くらいだろう。

 だが、その視線には甘さがない。


 彼女から、炎の槍が放たれる。

 よく狙われたそれは、カブのリアキャリアに命中した。

 当たった衝撃でバランスを崩し、転倒する。

 

「その場から一歩でも動いたら、次は胴体を焼く」


 少女は右手に炎を掲げたまま、こちらを睨みつける。

 まるで悠を“害獣”と断じようとしている目だった。


「いや、話せば――」


「話す価値があるかは、これから決める」


 彼女が一歩踏み出す。

 その足元の草が、触れてもいないのに黒く焦げ落ちる。

 足取りには、迷いがない。


「今の転移現象、原因はあなた? そうなのであれば、世界にとって害になる。つまり、あなたは異物。異物は――排除対象よ」


 右手の炎が、さらに膨れ上がる。

 熱が空気を歪ませ、草が焦げる匂いが広がる。


 本気だ。

 これは威嚇じゃない。

 本当に焼くつもりだ。


 悠は言葉を失った。


 ――これじゃあ説得は無理そうだね。

 

「……そっちの理屈で人を焼くのかよ」


 少女は炎をさらに強めた。

 その炎は揺らぎながらも、術者の意志に忠実に形を保っている。


「名乗れ。所属、目的、侵入経路。

 一つでも嘘を吐けば、即座に焼く」


 金色の瞳が、悠の喉元から指先、そして胸元へと一瞬で走る。

 炎よりも鋭い視線だった。


 声音は、冷たい。


「名前は悠、朝倉悠。所属は……」


 一瞬、言葉を探す。


 ……ない。


「郵便屋だ」


 少女は眉をひそめた。


「……ユービン?」


 そう呟くと、舌打ちを一つ。

 嫌悪と警戒、そしてわずかな恐怖が混じる。


「ちっ、外からの転移者か……本当に、最悪」


 そう吐き捨て、彼女は炎を構え直した。


 ――悠くん、頑張ってね。

 郵便屋さんなんだから。


 命の危機に晒される郵便屋なんて、いてたまるか。

3話まで投稿するので、続きも読んでもらえると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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