表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神という名の中間管理職が限界らしいので、代わりに俺が仕事を引き継ぐことになりました。~届かなかった想いの配送記録~  作者: はやかわ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/16

四通目 その音が繋ぐもの 3

 振り下ろされた剣を、持っていた剣で受け止める。

 金属のぶつかり合う音が森に響いた。

 不意打ちで刺された腹から血が吹き出る。


「走れ、アリス!」


 後ろを振り返らず、叫ぶ。


「で、でも、そしたらダリルが……」


「いいから……早くいけっ!」


 枝を踏む小さな足音が、森の奥へ遠ざかっていく。


「おい!女が逃げたぞ!」

 

 目の前には自分より格上の冒険者が五人。


 ダリルは剣を握り直す。

 

 誰一人、行かせない。


 たとえ、ここで死んでも。


 ――チリン。


 渡せなかった鈴が、小さな音を立てた。


 §


 チリン。


 郵便鞄の中から、小さな鈴の音が響く。


 その瞬間、右目が熱を持つ。


「嘘だ」


 自分の口から、自分のものではない言葉がこぼれた。


「お前らは、最初からアリスを狙って付けてきたんだ」


 俺の中に、知らない記憶が流れ込んでくる。


「帰り道で待ち伏せて、いきなり斬りつけてきた」


 その声は、憎悪に満ちている。


「そして、そのまま――」


 ――悠くん。


 頭の奥で、誰かが呼ぶ。

 

 顔を上げる。

 

 自分が刺されたわけではないのに、腹の傷がじぐじぐと痛んでいる気がした。

 背中は汗でぐっしょりと濡れている。


 右目は、まだ熱いまま。


 無意識に、鞄に手を入れる。

 指先に触れたのは、青年から預かった小包。

 

 触れた、その瞬間。


 小さく、鈴が鳴る。


 知らない言葉が頭の奥に浮かんだ。


 『どこにいても、見つけられるように』


 ……あぁ。

 これは、あの子に渡すつもりだったのか。


 襟首を掴まれる。

 知っている香りが、鼻腔をくすぐった。


「……お前は、一体誰だ?」


「俺ですよ……レーヴェさん。……朝倉悠」


 マリアベルは眉をひそめたまま、しばらく俺の顔を見つめていた。


「……急に訳のわからないことを口走って」


 襟首を掴んだまま、ぐいと顔を近づけてくる。

 長い睫毛の本数を数えられる程に。


「あなた……気持ち悪いわよ」


 ……。


 その声はいつも通り冷たい。


 けれど。


「はぁ……ユウ、あなた顔色が悪いわ。こいつらを衛兵に渡したら、今日は休むわよ」


 ため息混じりのその言葉は、どこか暖かかった。


 §


「それで」


 ゴロツキ四人を詰所に引き渡したあと。


「何を見た?」


 宿の食堂で、追及される。

 どこまで話すべきだろうか。


 ダリルの記憶を見て、はっきりわかったことが一つ。


 この小包の届け先は、アリスという少女だ。


 そして――その少女は恐らく森にいる。


 預かった小包を届けるためにも森へ行きたい、のだが……。


 目の前の執行官をちらと見る。

 

 険しい目つきでこちらを見ながら、指で机を叩いている。

 俺が何か話すのを待っているのだろう。


 アリスのことを話すのは構わない。

 あの子は被害者だ、何か悪いことをしたわけじゃない。


 ただ、「森へ行きたい」と言っても当然だが許可は出ないだろう。

 かと言って勝手な行動をする訳にもいかない。

 どうするか……。


 一人で勝手に悩んで、黙っている悠に痺れを切らしたのだろう。

 マリアベルが机を叩いて立ち上がる。


「森へ行くわよ」


「えっ」


「どうせ、森に行きたいとか思ってたんでしょ。それなら、一人で勝手に行かれるよりついて行った方が幾分かマシよ」


 チリン。


 鞄の中で鈴が鳴った。


 ◇


 静かな森の中に、私の呼吸の音が響く。

 ダリルと別れてからどれだけ走っただろう。

 最後に見た彼の背中からは、たくさんの血が流れていた。

 それなのに、私を逃がすためにあの場に残ることを選んだ。

 私なんかのために。


「ダリル……ダリルぅ……」


 声が震える。

 喉の奥が痛い。


 足が止まると、途端に体の震えが止まらなくなった。


 怖かった。

 置いてきてしまったことが。

 振り返らなかったことが。


 最後に見たダリルの背中を思い出し、涙がぼろぼろと零れる。


 拭おうとした、その時だった。


 ぱきり、と。


 乾いた音が森に響く。


「……っ!」


 呼吸が止まる。


 振り返ると、木々の奥。

 暗い影の向こうで何かが動いた。


 弾かれたように走り出す。


「見つけたぞ、クソガキィ!」


 草が激しく揺れる。

 重い足音が、迫る。


 逃げなきゃ。

 

 私を残すためにあの場に残ったダリルと、もう一度会うために。


 大丈夫、ダリルは生きている。


 自分にそう言い聞かせないと、もう走れそうになかった。


 §

 

 どれだけ走っただろう。


 後ろからの足音は少しずつ近づいてきている。

 追い詰めるのを楽しむように、じわりじわりと。


 息が切れる。


 肺が、焼けるように痛い。


 今自分がどこにいるかもう、わからない。


 やがて木々が途切れた。


 視界が開け、目の前には川が広がる。


 急に変わった足場に、足がもつれた。


「ぁ……」 


 倒れていく身体に、背中から重い衝撃が加わる。


「ようやくだぁ」


 男の手が、私の首を掴む。

 そしてそのまま、地面に押し倒された。


 泥の匂い。

 荒い息。


「よく逃げたじゃねぇか」


 耳元で男が笑う。


「でもよ」 


 言葉の途中で、首を絞められる。


 息が苦しい。


 視界が、滲む。


 もがいた、その時。


 手が腰に触れた。


 腰に下げた、短剣に。


 必死に短剣の柄を握る。


 そして、そのまま――。


 


 ……気づいた時には、力の抜けた男の身体が私に覆いかぶさっていた。


 顔が温かいものに濡れている。


 呼吸ができない。

 肺が、新鮮な空気を求めている。


 心臓が、張り裂けそうだ。


 短剣を持つ手が震えている。


「あ、ぁああああ…………」


 自分が何をしたのか理解した瞬間、胃の奥がひっくり返った。

 掠れた声が、喉から零れる。

 

 必死に、動かなくなった男の身体を押し退けようとする。


 重い。

 動かない。


 それでも、必死で押し退けた。


 そして、男の身体が川の中へ落ちる。


 水の跳ねる音だけが、辺りに響いた。


 §


 それからのことはよく覚えていない。


 川の流れる音だけが、森に響いている。


 水は絶えず流れているのに、私の手だけが動きを止められない。


 水を掬って、手にかける。


 赤い。


 違う。


 もう血なんて落ちているはずなのに。


 指の間を擦る。

 爪を立てて、皮膚を擦る。


 痛い。


 それでも、赤い。


「違う……違う……」


 声が震える。

 

 何度擦っても、指の隙間から赤いものが滲んでくる気がした。


 身体についた血も、手についた血もとっくに落ちているはずなのに。


 それでも。


 その手はまだ赤く染まっているように見えた。


「なんで……どうして……」


 ダリル……。


 川面が揺れる。


 思い出すのは、少し困ったように笑う顔。


『アリスは目を離すとすぐどっかいっちゃうからな』


 そう言って、いつも手を握ってくれた。


『ほら、またどっか行こうとしてる』


 そう言って、頭を軽く叩かれたこともあった。


 怒っているようで、少し笑っていた。


 いつも。


 私がどこかへ行かないように、手を握ってくれていた。


 それなのに。

 私は、彼を置いてきた。


「ダリル……」


 彼を呼ぶ声が震える。


 助けに行かなきゃいけないのに。


 ダリルは、あの場所で戦っているのに。


 それなのに。


 足が、動かない。


 身体が震えている。


 怖い。


 森の奥へ戻るのが、たまらなく怖い。


 ――チリン。


 その音に、アリスは顔を上げた。

ブックマーク、高評価お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ