幕間 約束と、待ち人
日差しが暖かい。 風も穏やかで、今日は洗濯物がよく乾きそうだ。
こういう日は、あいつのことを思い出す。
二年前、村から出ていった彼のことを――。
§
その二人組が来たのはお昼を過ぎたくらいだった。
赤い髪の神官さんは、凛とした人だった。
隣の黒髪の男の人は、少しだらしない格好なのに、どこか場違いなくらい穏やかな顔をしていた。
随分対照的な二人だな、そう思ったことを覚えている。
その二人は初めて見る……これは、魔導機械?に乗ってやって来た。
神官さんはレーヴェさん、男性の方はアサクラさんと名乗った。この辺りでは聞かない珍しい名前だなと、そう思った。
どうやら、教会の本部を目指して旅を続けているらしい。
この村へは、補給と休憩のために立ち寄ったと言っていた。
「何も無いところですけど、ゆっくりしてってくださいね」
村長さんが言う。
今この村の広場には村民のほとんどが集まっている。
彼の乗ってた魔導機械の音が大きくて、何事かと集まってきたのだ。ただでさえ旅人自体珍しいのも、あるけれど。
「……いい村ですね。皆さん穏やかで、空気もおいしい」
男性、アサクラさんが言う。見た目通り穏やかな人らしい。
アサクラさんは穏やかでいい村だと言ってくれたけど、彼はそんな村が退屈でしょうがなかったらしい。いつも早く村を出ていきたいと言っていた。けれど、私はこの村のことがとても好きだった。
だから、私は彼について行かなかった。
§
アサクラさんは隣の、彼の住んでた家に。
神官さん、レーヴェさんは私の家に滞在することになった。
年は私より少し下くらいだろうか。なのに、とても凛としていて格好がいい。
私の家での仕事も「泊めてもらってるから」と、ほとんどやってしまった。
それなのに、口を開けばアサクラさんへの愚痴や文句ばかりが飛び出してくるのが、とても可愛らしかった。
それがおかしくて、私が笑うと
「……何かおかしなことでも言ったかしら?」
と言うのでつい、
「さっきから口を開けばアサクラさんのことばかり」
と言ってしまった。
「……業務上、仕方なく一緒にいるだけよ」
そう言って彼女は居心地悪そうに目を逸らし、だんまりになってしまった。
そんな所も可愛らしくて、ついいじわるを言いたくなる。
けれど、あんまりいじわるをしすぎてお願いを聞いてもらえないと困るので、私はその時は我慢した。
§
翌朝、彼女たちはバキアの街へ向かうと言っていた。
――それなら、頼める。
私は握りしめた手紙を二人の前へ差し出した。
「アサクラさんは、お手紙を届けるお仕事をされていると聞きました。それで……バ、バキアの街へ向かうなら、レグナント商会で働くエディ、エドワードに渡して頂けませんか……?」
二年前に村を出て、それ以降音沙汰のない彼へ。
「……昨日話していた幼馴染の彼ね?二年も連絡ないんでしょう?今更手紙を送っても――」
「わかりました。お届けします」
レーヴェさんの言葉を遮って、アサクラさんが手紙を受け取ってくれる。
「はぁ、全く。あんたいっつもそうよね。私の意見、聞く気ある?」
「しょうがないでしょう、届けるのが俺の仕事なんだから」
二人のその軽いやり取りが、とても眩しく見えた。
バイクという名の魔導機械が土埃をあげ、去っていくのを見送る。
届くといいな、とは声に出さなかった。
届いて欲しいなんて、ずっと言えなかったから。
◇
本当に、私の前にいる男は勝手だ。
私たちにだって目的地があるのに、勝手に仕事を引き受けて。そうしてまた問題に巻き込まれるとか思わないのだろうか。
確かに、徒歩よりよっぽど早く来れているが、その分回り道をしているからそんなに余裕はないはずなのに。
はぁ……まぁ、今回は手紙を届けるだけだし、すぐ済むでしょ……。
……そう思っていたのに。
「ちょっと」
「はい?」
「いつになったら、手紙を届けに行くのよ」
街へ入ってからしばらく。
まだ商会に辿り着かない。
というか、辿り着く気があるのか怪しい。
彼は市場の店を覗き、街の人と楽しそうに話しているだけだ。
「いやだって、レーヴェさん商会の場所分からないんでしょ?」
「……えぇ、わからないわ」
「それなら、人に聞くしかないでしょう。俺らはこの街に詳しくないんだから」
言っていることに、間違いは、ない。
けれど、納得はいかない。
魔導機械の店へ行った時のことだ。
生活系の魔導機械専門の店だったのだが、彼は商品すべてに触れる勢いだった。
魔力よりも構造に目を輝かせ、店主に仕組みや素材を次々と尋ねる。
……この世界に来てから、一番いきいきしている顔だった。
その瞬間、こいつは手紙の事なんて忘れていた。間違いない。実際店を出る直前に、思い出したように聞いていたくらいだ。
……まぁ、過ぎたことはもういい。
それよりも。
「あなた、配達のときはいつもこうやって人に聞いて回ってるの?非効率すぎるわね」
「ん?いや、同じ職場の人間がわかるならそっちに聞くけど、誰もわからないならそこに住む人達に聞きますね。 結構楽しいですよ?白紙の地図が埋まっていくのって」
とても楽しそうな顔でそう返される。
……本当に、面倒な男だ。
中には面倒そうに返す人もいたが、大抵は笑って教えてくれた。
何となく、彼の言ってることがわかった気がした。
ただ目的地を目指しているだけじゃ、この街の人たちのことは何も知れなかっただろう。
そうして、どれくらいの人々と話をしただろうか。
「あぁ、レグナント商会ね。その通り沿い真っ直ぐ行った先、槌と包丁の看板を掲げた店がそうさ。ってか、商業ギルドに聞けばすぐわかったろうに」
私はその時はじめて商業ギルドの存在を思い出した。
「……忘れていたわ」
ユウが憎たらしい目でこちらを見ている。
「わ、悪かったわね!」
「……本当ですよ。なんて、冗談ですよ。 この街の人たちと色んなお話ができてとても楽しかったので、迷えてよかったです」
憎たらしいことこの上ないわね。
§
レグナント商会は、こじんまりしたとても綺麗なお店だった。
生活に必要な鉄製品、主に小型のハンマーと包丁が所狭しと並んでいる。
その陳列されてる商品を、磨いている青年が一人。
「あの、エドワードさん、ですか?」
ユウが遠慮がちに尋ねる。
「……えぇ、エドワードは私ですが」
警戒したような声音だ。
まぁ、初対面の人間に名前を知られていたら怖いかもしれない。
「あなたの生まれ故郷から、お手紙ですよ」
そう言って、ユウは鞄から手紙を取り出す。
「あなたからの返事、待ってるみたいですよ」
エドワードは手紙を受け取り、中を読む。
懐かしむような笑顔の後に、しまったという顔をした。
「……忙しさにかまけて、返事を忘れていました」
「忘れてしまうくらい、必死だったんですね。何か目標が?」
「いえ、そんな大それたもんじゃ……ただ」
そこで一区切りすると、照れたように言う。
「彼女と、……エイミーとこの街で暮らせるようになるまではって、思ってたんです」
全く、男どもは本当に勝手だ。
◇
あの二人が村から去ってしばらくして、街からの行商人が私宛の手紙を持ってきてくれた。
なんの飾り気もない、ただの白の封筒。
封を切って、中を読む。
そこには短く一言。
『迎えにいくから、待っててくれ』
――全く、いつも勝手なんだから。
「……いつまでも待たせないでよ、ばーか」
今日の日差しも、とても暖かかった。




