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第4話 苦味が強調されています

寝具に飯にと買い込んでやっと帰宅したのは20時前。

 マンションの1室に両手いっぱいの買い物袋を抱えて帰宅した修二と寝具を抱きかかえたまま入る凪。玄関から入りダイニングへとつながる廊下を歩き中へと入る。


 小さなテーブルが1つとテレビ、ソファと簡易的な明かりがあるだけの簡素な部屋。必要最低限のものしかないといった風貌の部屋を凪は見渡す。

洗濯物は床に散らばりいかにも男の1人暮らしの部屋といった印象。

家具も最低限のものしかないようで、簡素なデザイン。


「つまらない部屋だろ」

「そうなのですか?」

「ああ、俺はつまらない」

「つまるようにすることは考えないのですか」

「・・・意味ないからな」

「意味とは、どういうことなのでしょうか。意味がないのですか、つまることは」

「さっさと風呂入ってこい。さっき買った服ちゃんと持って行けよ。朝倉の服は明日には返すから」


 そういって修二は買ってきた袋をとかして冷蔵庫に食物関連は入れていく。その間に別の袋に入っていた服を取り出し風呂場の方向に向かっていく凪。

 彼女が風呂に入っている間に俺は食事の準備をすることにした。


 野菜を切っているうちにふと考える。記憶がないとはいえ、普通男の部屋に無防備で泊まりに来るか普通。まぁ普通じゃないから家に上がってるんだけど。あの朝倉でさえ俺のうちに来たいなんてこと言ったことはない。


 彼女は普通の感情は持ち合わせていないのだろうか。今だって、風呂に入ったきり何も確認—。


「雨宮様」


 唐突に名を呼ばれて修二は肩を震わせる。包丁を持っていた手を離しかけて慌ててキャッチして一息つく。そして彼女へ注意しようと視線を向ける―。そこには生まれたままの姿の彼女、つまり一切の服を脱ぎ捨てて佇む凪がいた。


「なぁ、なんでお前裸でうろうろしてんだよ」

「・・・? 質問の意図がわかりかねます。何か問題が」

「あるよ大ありだよ! お前はなんでそんなに貞操観念が欠落してるんだ・・・!」

「貞操観念は持っていませんが、それは必要なものでしょうか」

「必要だ!」

「そうなのですか」

「そうなんだよ!」


 修二は慌てて近くにあったバスタオルを凪に投げつける。

「とりあえずそれ巻け!」

「はい」


 凪は素直に受け取る。

「それで、なぜ必要なのでしょうか」

「なんでそんな冷静なんだお前は・・・」

「先ほどから雨宮様はなぜ怒っているのですか」

「様やめろ!」

「申し訳ございません」

「謝るな!」

「……はい」


 見るからにシュンとなってしまった彼女を見て修二は頭を抱えた。

「普通な、人間ってのはな」

「はい」

「そういう姿は簡単に他人に見せないんだよ」

「なぜでしょうか」

「恥ずかしいからだ」

「恥ずかしい?」

「そう」

「わたしには理解できません」

「だろうな・・・」


 記憶障害が発生すると、こんなにも人は人間性を無くすものなのか・・・。

 こうなってくると、ハルモニアとの違いもわからなくなってくるな。ふと物思いに耽った修二はそれを一蹴して凪に言った。


「で、何しに来たんだよ」

「お風呂はどこでしょうか」


 裸なんだから脱衣所見つけたんじゃないのかよ。と思いつつ修二は廊下に出る。そこには無残にも脱ぎ捨てられたしわしわの朝倉の服たちが散乱していた。当然下着まで含めて。

 修二は心の中でそっと朝倉に謝罪をした。これが本当の謝罪であると、心の内で感じたのは彼だけが知ることだ。



 お風呂も上がり飯も作り終え、2人は狭いテーブルを囲んで夜ご飯を食べていた。

 いつもは総菜ばかりだったがたまにはと思い自炊して作ったのだが。


「これは、いったい何の料理でしょうか」

「オムライスだ」

「このチキンライスの上に乗っている黒いのはなんでしょうか」

「オムライスだ」

「なるほど、わたしのオムライスの概念を上書きしておきます」

「まてまて、それはやめろ。普通に失敗したんだ。今の概念は大切にしておけ」

「かしこまりました」


 本当に皮肉で言っていないんだろうなと心の底から感じる。

 彼女は言葉をそのままに受け取る節があるようだ。これらも直していかないとこの先生きていくうえで必ず障壁になるだろう。まぁ保護者が決まるまでの暫定って感じなのだからそこまでする義理もないわけだが。


「苦みが強調されています」

「強調させた覚えはないんだけどな」

「これは、チキンライスに片栗粉か何かを入れたのでしょうか。ねばねばしています」

「多分水が多かったんだな、気を付けるよ」

「・・・これは―—」

「黙って食え」

「かしこまりました」


 こいつの言葉は常に修二に刺さった。




「次のニュースです、世界で初めて共鳴暴走レゾナンスエラーによる人的被害が起きた白凪中央大学附属病院での連鎖事故から早くも10年が経とうとしています。あれからハルモニアに関しての様々な法律が整備され、今日ではレゾナンスエラーによる事件は減少傾向にあります。今日はその中でも10年前のあの忌まわしい事件、白凪病院連鎖障害事故に被害にあった方へ着目していきます」


 ふと流れてきたニュースに修二の食べる手が止まる。凪もそれに合わせてスプーンを置くが、彼女に関してはそもそもすでに止まりかけていた。


「レゾナンスエラーとはなんでしょうか」

「ハルモニアの思考ネットワークの輻輳ふくそうが原因で起こる情報処理障害による事故的事象だ」


 すべて説明すると複雑なのでそこで言葉を修二は紡ぐが、当の彼女は次の言葉を待っており、スプーンを手にかけることもせずじっとしている。その圧に負けて俺はため息を吐いた。凪は修二の思いなど知る由もないので首を傾げる。


「ハルモニアには独自の共感覚機能のリンクってのが存在する。そこで複数体とのハルモニアと意思疎通ができるわけなんだが、意識や情報を共有できるスペースに異常事態が発生すると輻輳が起きてシステム障害に陥る」


 そこで一度言葉を紡ぎ水を飲み干す。彼は苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべて言葉をつづけた。


「んでこの事故は、本来は10年が消費期限のハルモニアを期限超過して使っていて、問題を起こした1体がリンクに干渉することで他の正常だったハルモニアにも悪影響を及ぼした。普通レゾナンスエラーなんて大した問題でもなかったが、起きた場所が悪かった。なにせ、1分1秒が生死を分ける病院の中だったからな」


 何かに思いをふけるようにして修二は黙り込んでしまう。苦く酷い記憶が彼の脳裏へ連鎖的に投影される。過去の出来事が彼を生涯蝕む呪いのように纏わりついていた。

 そんな様子の彼を心配に感じたのか、凪は彼に触れようと手を伸ばす。瞬間、彼の言葉でそれは叶わなかった。


「悪い、俺から話せるのはここまでだ。オムライス、不味くて悪かったな。要らなかったら捨ててくれ。俺はもう寝る」

「ありがとうございます」


 珍しく聞き分けのいい態度だった彼女をしり目に、修二は自分の皿に半分以上残っているオムライスを手に取り残飯に捨てる。

 何かから遠ざかるように機敏に寝室へ行く彼を凪は目で追うことしかできなかった。


 修二が去った後も、テレビでは事故の特番が流れ続けていた。

 キャスターがタイトルを読み上げる。

『白凪病院連鎖障害事故から十年』

 テロップと共に流れるのは、十年前の実際の映像。


 悲鳴。

 慌ただしく走り回る人々。


【医療機器に誤作動が発生。患者を別病院へ搬送する関係者】。

 字幕が淡々と流れて消える。

 戦場のような光景を、凪はただ静かに見つめていた。


 ふと、彼女はオムライスを一口口に運ぶ。


 苦みと甘みが口の中に広がる。

「やはり、苦みが強調されている気がします」


 もう一口。


 また一口。


 その間もテレビでは、ストレッチャーが運ばれ、人々が叫び、誰かが泣いている。


 そして。

 ほんの一瞬。

 泣き崩れながらストレッチャーに付き添う若い男と、その上で眠るように横たわる一人の少女の姿が映ったが彼女がそれを目にできることはなかった。


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