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第5話 ようこそネクトへ

翌日、朝7時。

 修二は寝室から重い体を叩き起こしてリビングまで足を運ぶ。

 そこにはカーテンを閉め切ってテーブルをどかして布団の上で眠る彼女、凪の姿があった。


 修二はしゃがみ込み彼女の寝顔を少しだけ拝見する。第三者目線で見れば非常に気持ち悪いが、わざわざ泊めてあげてるのだからこれくらいは許されてもいいだろうという持論の元の行動だ。

 ぐっすりと眠る彼女、当然瞳は閉じているのであの瞳を目にすることはない。スゥスゥと寝息をゆっくりと立てる彼女はまるで人形のようだ。

 人間とは見た目も中身も思えない。中身は性格的な意味も含めてだが。


 昨晩は少し棘のある言い方で別れてしまった。彼女が悪いわけではないのに、なぜか彼女の顔を見ているとむかむかしていきてしまう。彼女があの事故の原因なわけもないのに。修二はだれかを贄にして、他責にしていかないと生きていけないようになってしまった。


 自責で生きていると、おそらく彼は自分で自分を殺してしまうだろう。


「・・・雨宮さん」

「わっ?! お、起きてたのか」

「はい。32秒前にはすでに意識は覚醒していました」

「それって俺がこの部屋に入ってきたときじゃ」

「そうです、何かわたしの顔についていますか」

「いや、なにも」

「そうですか」


 寝起きだというのにこの流ちょうな話し方は少し不気味にも思えてくる。そこら辺のハルモニアよりも丁寧な口調、ただそうだとしても理解力がお粗末では笑いものだ。

 いや、理解力は十二分にあるか。理解力というよりも、道徳? 人間性の欠如?


「雨宮さん」

「なに」

「今朝はわたしが準備いたします」

「なにを」

「朝食です」




 驚くほど美味な料理はここ10年食べたことがなかった。もちろん外食となったときは美味いものはいくらでも食べてきたが、誰かに作ってもらってというのは相当に久しぶりで。


「どこで覚えたんだよこの目玉焼きの焼き加減。味噌汁のだしもちょうどいい塩梅だ、俺の朝食のメニューと変わらないのに、なんで・・・」

「ありがとうございます。どこで覚えたのかという質問に対しては記憶がないので覚えてないとしかお答えができません」

「そっか、ごめん」

「・・・今の謝罪は正当なタイミングでしょうか」


 修二の言葉に引っかかったのかそう言う凪。


「申し訳ないって思ったから。そう言っただけだ」

「わたしの謝罪とどこに相違があるのでしょうか」

「相違・・・? わからん」

「理解できません、複雑怪奇です」


 やはり理解力も少し怪しいのかもしれない。




 今日は月曜、仕事の日であるかして俺は身支度をする。とりあえず凪を1人留守番させるわけにもいかないので朝倉の服を持参させて車にのる。修二の亡き妻が使っていたカジュアルスーツを彼女には着せていった。

 案外体格も当時の彼女と似ていたようできちんと着こなせていた。在りし日に見たその面影を彼女に重ねて見てしまい修二は頭を振り払い考えないようにした。


「仕事へ向かうのですか」

「ああそうだ」

「雨宮さんのお仕事はどのようなものなのですか」


 相澤から聞いていないことに若干驚きはしたが、淡々と修二は告げる。


「ハルモニアの回収屋だよ。昨日言っただろ、消費期限を過ぎてハルモニアを酷使すると問題が起きるって。だからあらかじめ俺たちが期限を迎える前に契約者のところまで行って回収する。回収委託会社【ネクト】。基本回収するのは法人じゃなくて個人用のだけど」

「なるほど、回収するだけなのですね」

「するだけって、まぁいいわ」

「違うのですか?」

「いやいい、どうせお前が入社するわけじゃないんだからわざわざ回収屋の気持ちなんて知らなくたっていい。それよりも頭のほうはどうなんだよ」

「なにも、わかりません」

「そっか」


 それ以降車内は沈黙に包まれる。エンジン音とウィンカーの規則正しい音、そして外で闊歩する人たちの慌ただしい様子だけが修二たちを取り囲む。窓の外を流れる景色とは対照的に、車内の空気はひどく静かだった。ただ決して居心地が悪いわけではない。

 その時修二はふと思い出す。


「昨日のオムライス、全部食ったのか?」

「はい」

「・・・なんで?」

「なぜ、というのはどういう意味でしょうか。完食してはいけなかったでしょうか」

「いや。まずかっただろ。俺も半分残したし」

「あれは勿体ないのでタッパーに入れて持ってきております」


 助手席に座る彼女がバッグから弁当を取り出す。確かに匂い的にオムライスのようだが。


「まずいのに何で全部食べたんだよ」

「完食をする条件に味の有無は関係ないと考えます」

「関係大ありだろ」

「ないです」

「じゃあお前そこらへんの雑草を俺が夕飯で出したら食うのかよ?」

「雨宮さんは例えばのお話が好きなのですか」

「は?」

「昨日も死ねと命令したら死ぬのかなど仰られていたので」


 確かにそんな会話もしたな。修二それを思い出しつつアクセルを踏む。


「雨宮さんが」

「え?」

「食べてほしいと、そう仰るのであればわたしは食べると思います。ですが、それには何かがこもっていないのではと思います」

「何かってなに?」

「わかりません」


 愛情——。

 その言葉が俺の口から飛び出そうとしたが修二は唾と一緒に飲み込んだ。

 俺が愛を語る資格などないと、そう感じたからだ。

 でも、彼女からそんな言葉が出たことに少し戸惑いも感じた。

 そして何より不出来なオムライスを食べてくれたことに小さな喜びを感じている自分がいた。そんな気持ちに蓋をするように、少し強くアクセルを踏んだ修二。


「雨宮さん、白線の過ぎる数から推察するに、少し飛ばしすぎかと思われます」

「すみません」


 そのやり取り以降二人が会社に到着するまで会話をすることはなかった。




「あれ。なんか雨宮さん顔赤くない? 気のせいかな」


 会社の共同オフィスに入った瞬間朝倉からそんな挑発的な言葉を頂いたので修二は問答無用でライアーフックをかました。のたうち回る朝倉を見て凪は一言。


「雨宮さん、朝倉さんが死にかけています」

「ほっとけ。どうせすぐ元の調子に戻る」

「かしこまりました」

「凪っち冷たい!! てか今日一段と可愛いじゃん、昨日お風呂入ってすっきりしたからかな~」


 すでに本調子に戻った彼女は凪に抱き着きながら何かもぞもぞ言っている。そんなのはもうかまっている暇もないので修二は完全無視して自分のデスクへ座る。


「おはようございます。あいつ、また変にちょっかい出してますけどお連れさん大丈夫ですか?」

「ああ。お互い変な奴らだからな。うまいことやるだろ」

「雨宮さんって時々めちゃくちゃ冷たいですよね」

「よく言われる」


 笑いながら話しかけてきた彼は仕事の準備を進める。

 彼は神崎零かんざき れい。28歳で今年になって5年目になる中堅社員。


 170センチほどの細身の青年。柔らかな茶髪と落ち着いた茶色の瞳が印象的で、穏やかな顔立ちをしている。そんな彼はあまり感情を大きく表に出すことは少ない。


 彼も入社当時こそ右も左もわからなかったが3年目を超えたあたりから自分のやり方を見つけたのか、淡々と仕事をこなすことができるようになっていた。

 この業界では1件1件に深入りするといくらメンタルが強くてもいずれはつぶれてしまいかねない。だから神崎のように、ある程度の線引きをして適当に仕事をこなすほうが賢いと言える。

 これが正しいとは限らない、ただ少なくとも修二はそう思っていた。


「社長出張でいないんですよね、朝礼って誰がやります?」

「はいはーい! 今日は私がやりたい!」

「朝倉、お前は朝礼とかじゃなくまず勉強。まだ入って2か月とかの新人が朝礼とか舐めすぎ」


 思ったよりも攻撃力のある言葉で朝倉を一蹴する。当の本人は「ひどい!!」とプンスカしているが、神崎は全く気にも留めない。


「汐留さんも今日はいないんですか?」

 神崎は修二にそう言う。汐留とはこの部署で2番目にえらい人間だ。つまり課長クラス。ちなみに部長である原辺は社長と一緒に出張中だ。

 神崎の質問に修二は答える。


「汐留、さんは確か直行とか行ってたな。朝早くじゃないと会ってくれない客なんだと」

「大変ですね。ほんとう、契約者側も自分に返却の決定権があると思ってるからこうなるんです。いくら強制執行の権利を与えられてるかって、こっちも限度ってものが」


 ぶつぶつと文句を呟く彼を横目にして修二は声を上げた。


「よし。じゃあ今日は原辺さんも汐留もいないから俺が朝礼を仕切る、って言ってもあんまり共有することもないんだけどなぁ」


 修二が何かのリストをデスクから拾い上げて整理する。その間、凪は朝倉に向けて質問する。


「朝倉さん、よろしいでしょうか」

「ん? なになに」

「これは一体何の時間なのですか」

「朝礼だよ、朝礼。今日訪問するお客さんの割り当てと共有。あとほかの伝達事項とかあればって感じ。あとほかのお客さんの進捗—」

「おいそこ。今共有中だ、あとにしろ」


 いつもの1オクターブ低い声音で修二が指摘する。いつもなら調子に乗る朝倉もこの指摘には何も声を出せず、表情だけで申し訳ないといった顔をしていた。


「凪、お前もわざわざこういう時間に朝倉に話しかけるな」

「かしこまりました」

「・・・こういうときは謝ったほうがいいぞ」

「・・・? 今のは謝り時だったのでしょうか」

「っ・・・。馬鹿らしい、次、他の契約者の進捗状況を共有してくれ。神崎から」


 凪は彼がなぜそういったのか考えるが、結論には至らない。

 まだ、彼女にとっての謝罪のベストタイミングは測れずにいた。





「以上で朝礼を終わるが・・・。今日のタスクは3件か。今他で詰まってる案件とかあるか?」


 みな押し黙る。


「ねぇか。んじゃあ朝倉の実地訓練もかねて今日は俺と神崎の3人で回るか」

「マジでっすか?!?! え、ほんとうに、あの雨宮さんからそんな提案してくれるなんて、え、本当にいいんですか?!」


 机を押しのけて修二に接近する朝倉。あまりの近さに彼は思わず後ずさりしてしまう。圧がすごいのか、熱気が凄まじい。隣の神崎もやれやれといった呆れ顔でまったく助けようともしない。


「わかったから離れろ・・・!!」

「うっす! マジでもう一瞬で回収しちゃいますから。こうシュシュっって」

「馬鹿か。お前は見学だ客と話せるわけねぇだろうが」

「ええぇ?! なんでなんで?! この2か月交渉になったときにトーク術は頭痛が痛いくらいには学んできたつもりなのに!!」

「頭痛が痛いだなんて初歩的な言葉の間違いを犯すような馬鹿を晒すわけねぇだろ。神崎も文句ないよな」

「異議なし」

「なんでなんで?!」


 朝からこんなテンション高い奴がいると血糖値が上がりそうだと、修二はこめかみを抑えながら嘆く。


「一ついいですか? 凪さん、て留守番ですか?」

「あぁ、そのつもりだ。この会社の社員じゃないんだし」

「え? そうなんですか? 僕はてっきり」


 話がかみ合わず修二は首を傾げる。その様子を見ていた神崎は修二たちのデスクよりも奥のほうへ行く。そこにも窓際にデスクがあるのだが、基本的に使われていないスペースだ。そしてそこからあるものを彼は持ち上げる。


「これ、凪さんの名前ですよね」

「・・・なんで・・・」


 そこには昨日まではなかった【ナギ★】と書かれたネームパネルが机に置かれていた。

 まさかの、昨日付で彼女、雨宮(仮)凪の入社が決定してしまっていたのだ。

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