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第3話 ハルモニアは青い瞳で笑う

「どうだった・・・?」


 彼女の名前を聞き出したと思った矢先相澤と朝倉が扉から顔だけ覗かせてこちらを見ているのが視界に入る。


「どうどう? 修羅場終わった?」

「修羅場ってなんだよ。つか2人して盗み聞きってどうかと思うぞ」

「いやぁわたしに関しては服を奪われてるわけで事情はやっぱり把握しておかないとっておもって・・・てっめちゃくちゃ美人さんなんだけど!! わたしの服がさらに輝いて見える?!」


 うるさい奴が合流したなと修二は思いつつも今はこのダルがらみに助けられている節はある。凪との沈黙には耐えられそうになかったからある意味では助け船ってやつかもしれない。


「で。どうだったの」

 話に置いてけぼりだった相澤は神妙な面持ちでそう言う。


「名前だけはとりあえず。凪って言うんですけど」

「凪ちゃんか・・・。いい名前だね。凪ちゃんも、そう思うよね?」


 相澤がソファに腰かけたままの凪にそう言うが特に反応が返ってくることはなくそのまま頭を垂れる。まるで思春期の娘に愛想付かされて嘆いている父親みたいだ。


「凪って風のない落ち着いた海の日って意味だよね」

 朝倉が遠慮なく社長室に押し入ってくる。そのまま窓の外に目を向けて覗き込む。


「そうだよ、大体合ってる」

 相澤が補足した。


「まぁとりあえずよろしくね! 凪ちゃん。私は朝倉美咲! この会社で働いてる2か月目のベテランだから。困ったことあったら頼って」

「かしこまりました。朝倉様」

「様?! 様付けされたのなんて初めてなんですけど!」

「よろしくお願い致します」

「かたくね……? もっとこう柔らかい感じでも」

「申し訳ございません」


 修二がまた言ってると言いたげな顔を浮かべて再度指摘した。

 また、朝倉のセンスのないジョークにも凪は全く反応を見せることはなかったのはあえて指摘はしなかった。


「おまえ、また謝ってるって」

「はい、申し訳ございません」

「簡単に謝るな」

「もうしわ、は、い。かしこまりました」

「あっかん。この子可愛すぎる」

「朝倉さん、仲良くしすぎたらダメですからね」


 ここは普通仲良くしてねって感じで締めるのだろうが彼女は例外的らしく忠告されていた。さっそく抱き着いてほっぺスリスリしだしているから締め出したほうがよさそうかもしれない。





 そして数時間経ち午後5時。

 修二は寝具屋に来ていた。なぜか、もちろん自分用の布団を買いに来たわけではない。家には簡素なベッドがあるし立派なソファだってある。


 問題は横について回るこの娘の処遇についてだった。

 身元引受人がいないためとりあえず社長宅で保護が妥当なのだが。


『明日からしばらく出張なんだよね。だから預かることができないのよ。朝倉さんに頼んだら今の状態が24時間続いて凪ちゃん死んじゃうかもだから、よろしくねとりあえず。暫定的にってことで』


 社長命令とあっても今回は流石に手が出そうになった。


「ここで何を買われるのでしょうか」

「お前用の布団だよ」

「布団でしょうか? わたしには不要かと思われますが」

「布団が不要? お前床ででも寝るつもりか?」

「床でよろしいのであればそうしますが」

「ぜひやめて頂ければ。お前一体どんな生活してきたんだよ」

「・・・わかりません」


 寝具を探している間そんなやり取りがチラホラ繰り返されていた。その節々で凪は謝ろうとしていたが、グッと我慢して何とか耐えているようで。謝罪を我慢というのも妙な話ではあるが。


「すみません、布団1式を探してるんですけど」

 修二は傍に居た店員さんに話しかける。店員さんは笑顔で接客をしてくれる、その様子を一歩修二よりも後ろで凪は傍観。


「どのようなタイプがご希望でしょうか」

「まぁ、普通のシングルタイプでいいかな」

「娘さん用でしょうか?」

「あぁ、えっと。娘じゃないですね」

「失礼いたしました、彼女さんですかね?」

「彼女でもないですね」

「し、失礼いたしました。ご家族・・・の分でもないですねはい」


 後半修二の顔色を窺いながら店員さんは言葉を選んで接客をする。何度も謝罪をする店員さんはやっとの思いで修二の希望を聞き入れてそそくさと案内する。

 それについていく中、凪はこうつぶやいた。


「雨宮様」

「様やめろ」

「あの方は合計8回謝罪をされました。わたしの平均回数よりも4から5回ほど多いにも関わらずなぜ注意されなかったのでしょうか」


 凪はずっと店員の接客を観察していたらしくそんな質問をする。


「あれは謝罪っていうか相槌っていうか。別に怒る程度のものじゃない。他人に怒るのも気が引ける」

「相槌? 謝罪が相槌になるのですか? どういうことなのでしょうか。それにあの方が仰っていたアイジンというのは何のことでしょうか」

「知らなくていい、黙ってろ」

「かしこまりました」


 寝具エリアの入り口にたどりつき、店員さんが止まる。


「ここからは彼、寝具専用デバイスのハルモニアが担当させていただきますので。よろしく頼むよ」

「はい。いらっしゃいませお客様。何をお求めでしょうか」


 修二の表情が一気に強張る。目の前にいるのは人型アンドロイドのハルモニアだった。見た目は人間そっくり、応答には人間とそん色はない。だが首筋の識別コードと冷たい海のような青色の瞳が彼を【人間ではない何か】ということを確定させる。


「雨宮様?」

 凪は怪訝そうな面持ちで彼を見る。


「・・・申し訳ないんだけど、人間に対応してもらいたくってさ」

「はて・・・? わたしで何かご不便がありましたでしょうか? お客様」

「お前には話してない黙ってろ。店員さん、こいつ悪いけどどかしてもらえますか?」


 店員さんは困惑しながらもニコニコで接客を続けようとするアンドロイドに事情を説明して撤退させる。


「なにか粗相がありましたか?」

 ニコニコでそうしゃべるハルモニアを意に介さず修二はそのまま寝具コーナーに足を踏み入れた。


「店員さん、やっぱり案内はいいです。自分で見て回ります」

「かしこまりました、何かあれば、お申し付けください」


 人間のほうは足早に撤退するが、ハルモニアのほうは寝具コーナーの入り口から動くことはない。


「まぁ、そう設計されてるからな」


 あえて聞こえるように修二はハルモニアの横を通り過ぎる際にそう呟いた。

 その皮肉の裏に隠された意図もまったく気づかないハルモニアの店員は笑顔で彼らを歓迎した。



「……あれは」

 凪が後ろを振り返りながらアンドロイドの背中を視線で追う。


「ハルモニアだ」

「ハルモニア?」

「人間の代わりに働く機械」

「機械……」

「お前みたいに指示待ちの奴らだよ」

「そうなのですか」

「そうだ」


 凪は寝具コーナー入口で立ち尽くすハルモニアを再度見やる。


 青い瞳。笑顔。綺麗なお辞儀。


 それは人間と何一つ変わらない。

 いや。

 下手な人間より丁寧ですらあった。


「人間とは違うのでしょうか」

「ああ違う、まるで違う」

「機械だからでしょうか」

「そうだ、機械だからだ」

「機械じゃだめなのですか?」

「・・・ああ。機械は、不確実性の塊だ」

「問題があるのでしょうか」

「問題しかない」


 修二は凪を見ることなく足早に奥へと進んでいく。まるで何かから逃げているかのように、彼は進んでいった。


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