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こんにちは、思い出せない夏の味

カフェを出たあとも、しばらくあの人のことが頭から離れなかった。


別に、特別なことがあったわけじゃない。


ただ、少し話して、少し笑っただけ。


それだけなのに。


帰り道、何度かスマホを見た。


連絡が来ているわけでもないのに。


……いや、来ていないからこそ、気になっているのかもしれない。


そんなことを考えていると、ちょうど通知が鳴った。


画面を見る。


あの人からだった。


『今日はありがと。楽しかった』


短い一文。


でも、少しだけ間があった気がした。


僕は少しだけ迷ってから、返信を打つ。


『こっちこそ。なんか、あっという間だった』


送信して、少しだけ画面を見つめる。


……なんだろう、この感じ。


別に変なことは言ってないはずなのに。


急に、さっきの会話が頭に浮かんでくる。


笑った顔とか、声のトーンとか。


それを思い出した瞬間、少しだけ落ち着かなくなった。


「……なんだよ」


小さく呟いて、視線を逸らす。


スマホを持ったまま、軽く息を吐く。


ほんの少しだけ、頬が熱い気がした。


そんなことを思っているうちに、また通知が鳴る。


『ね、今度は違うとこ行かない?』


少しだけ、息が止まった。


画面の文字を、もう一度読む。


“今度は”


その言葉に、妙に引っかかる。


当たり前の言い方のはずなのに。


なぜか、胸の奥がざわついた。


僕は考えすぎだと自分に言い聞かせながら、返事をする。


『いいね。どこ行く?』


少しして、返信。


『公園とかどう?』


公園。


その言葉を見た瞬間、頭の奥で何かが揺れた。


浮かびかけて、消える。


思い出せそうで、思い出せない。


「……なんだこれ」


小さく呟いて、額に手を当てる。


でも、答えは出てこない。


ただ、変な感覚だけが残る。


僕はその違和感を無視するように、メッセージを打った。


『いいね。落ち着くし』


送信してから、少しだけ深呼吸する。


するとすぐに、


『じゃあ、今週末どう?』


と返ってきた。


やけにテンポがいい。


でも、不思議と嫌じゃなかった。


『空いてる』


短く返す。


それだけで、十分な気がした。


少しして、


『じゃあ決まり』


とだけ届く。


シンプルなやり取り。


なのに、なぜか少しだけ嬉しい。


スマホをポケットにしまいながら、空を見上げた。


夜の空気は少し冷たい。


でも、さっきよりも軽く感じた。


――公園。


また、その言葉が頭をよぎる。


子どもの頃、どこかで。


誰かと。


そんな気がするのに、輪郭がぼやけている。


思い出そうとすると、遠ざかる。


まるで、わざと隠されているみたいに。


「……気のせいか」


そう言って、歩き出す。


けれど。


その“気のせい”は、どうしても消えなかった。

週末。


約束の時間より少し早く、公園に着いた。


ベンチに座って、周りを見渡す。


子どもが遊んでいて、犬を散歩させている人がいて。


どこにでもある、普通の風景。


なのに。


ここに来た瞬間から、ずっと胸が落ち着かない。


見たことがあるような気がする。


でも、はっきりとは思い出せない。


そんな曖昧な感覚。


「……」


自分でも理由がわからないまま、ぼんやりと景色を眺めていると。


「待った?」


声がした。


振り向く。


あの人が立っていた。


少しだけ息を弾ませていて、髪が揺れている。


「いや、今来たとこ」


立ち上がりながら答える。


あの人は「そっか」と軽く笑った。


それだけで、空気が少し柔らかくなる。


並んで歩き出す。


特に目的もなく、公園の中をゆっくりと。


「ここ、いいね」


あの人が言う。


「うん。なんか、落ち着く」


自然と返す。


しばらく沈黙が続く。


でも、気まずくはない。


むしろ、妙にしっくりくる。


不思議なくらいに。


そのとき。


「あ」


あの人が足を止めた。


視線の先を見る。


小さな売店。


その横に、古びた自販機がある。


「あれ、懐かしくない?」


そう言いながら、指をさす。


ラムネのボタンが並んでいた。


その瞬間。


胸の奥が、強く引っかかる。


――夏。


――青い瓶。


――誰かと、笑っていた。


一瞬だけ、映像がよぎる。


でも、やっぱりはっきりしない。


「……どうしたの?」


あの人が少し首をかしげる。


僕ははっとして、視線を戻した。


「いや、なんか……見たことある気がして」


正直に言う。


すると、あの人は少しだけ目を細めた。


「わかる。なんか、そんな感じするよね」


同じことを言う。


まるで、同じ違和感を共有しているみたいに。


「飲む?」


あの人が聞く。


「じゃあ、一本」


軽く答える。


コインを入れて、ボタンを押す。


ガタン、と音がして、ラムネが落ちてくる。


それを取り出して、手に取る。


冷たい。


妙に、しっくりくる感触。


あの人も同じように一本取る。


「開けられる?」


そう言って、少し困ったように笑う。


その表情を見た瞬間。


また、何かが引っかかる。


――同じことを言われたことがある。


そんな気がした。


「……やるよ」


自然と口から出ていた。


ビー玉を押し込む。


コツン、と軽い音。


その瞬間。


胸の奥が、わずかに痛んだ。


「ありがと」


あの人が受け取る。


その仕草を見ながら、僕はなぜか目を離せなかった。


知っている気がする。


この距離感も、このやり取りも。


でも。


決定的な何かが、足りない。


「……ね」


ラムネを一口飲んでから、あの人が言った。


「前にもさ、こういうことあった気がしない?」


静かな声。


問いかけるようで、確信はない。


僕は少しだけ黙ってから、


「……なんとなく、思った」


と答えた。


それ以上は言えなかった。


言葉にしたら、壊れそうな気がして。


あの人は小さく頷いた。


それ以上、追及はしてこない。


ただ、同じ方向を見ている。


その沈黙が、妙に心地いい。


風が吹く。


木が揺れる。


ラムネの瓶が、カランと小さく鳴った。


その音が、やけに遠くまで響いた気がした。


そして僕は、思った。


――この違和感は、きっと。


気のせいじゃない。


でも。


その答えには、まだ手が届かない。


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