久しぶり、ラムネと淡い風
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仕事が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
ビルの窓に映る自分の顔は、少しだけ疲れて見える。
スマートフォンを開く。
『さっきは、急にすみませんでした』
『でも、少し話せて嬉しかったです』
画面に表示されたそのメッセージを、もう一度読み返す。
ほんの少しだけ考えてから、返信を打った。
『こちらこそ、声かけてもらえて嬉しかったです』
送信したあと、なぜか少しだけ落ち着かない。
こんなふうに誰かとのやり取りを意識するのは、久しぶりだった。
『あの、もしよかったら』
すぐに、次のメッセージが届く。
『少しだけ、お話ししませんか?』
一瞬だけ迷ってから、短く返す。
『いいですよ』
気づけば、駅前のカフェに向かっていた。
夜の街は、昼とは違う顔をしている。
ガラス越しの灯りが、どこか柔らかくて。
店内に入ると、すぐに彼女の姿が目に入った。
「あ……」
目が合う。
彼女は少しだけ表情を緩めて、軽く頭を下げた。
「来てくれて、ありがとうございます」
「ううん、こちらこそ」
向かいの席に座る。
少しだけ、緊張する。
それでも、不思議と居心地は悪くなかった。
「なんだか、変ですね」
彼女が小さく笑う。
「今日、初めて会ったばかりなのに」
「こうして普通に話してるの」
「たしかに」
軽く頷く。
「でも、話しやすいとは思う」
無理に話題を探さなくてもいい。
沈黙も、そこまで気にならない。
「……私もです」
彼女は小さくそう言って、少しだけ笑った。
「甘いもの、好きですか?」
気づけば、そんなことを聞いていた。
「え、どうしてですか?」
「なんとなく」
自分でも理由はわからない。
「……好きです」
彼女は少し考えてから頷く。
「よく食べてた気がします」
「気がする?」
「はい。はっきりとは覚えてないんですけど」
少しだけ困ったように笑う。
「例えば、ラムネとか」
——一瞬だけ、何かが引っかかった。
でも、それが何なのかは思い出せない。
「……どうかしました?」
「いや、なんでもない」
気のせいだと思うことにする。
「あの」
彼女が少しだけ真剣な表情になる。
「また、こうして会ってもいいですか?」
その言葉に、少しだけ驚いた。
「……うん、もちろん」
自然と、そう答えていた。
理由はわからない。
ただ——
もう少し、この人と話していたいと思った。
店を出たあと、夜風に当たりながら歩く。
ふと、考える。
——どうして、あの人だったんだろう。
特別な理由なんて、思いつかない。
それでも。
「……また、会うんだろうな」
根拠のない感覚だけが、静かに残っていた。




