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式部省の呪詛係  作者: 浮田小葉子
第四章 届かぬ手
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二 触れてはならぬもの

数日後。


 真薫(ちかゆき)が式部省に出仕すると、すでに藤原兼遠(ふじわらのかねとお)渡殿(わたどの)に立っていた。

 待ち構えていた、という表現が、もっとも近い。


「やあ、真薫くん」


 兼遠は、いつものように軽く手を振る。

 その仕草だけを見れば、何の変哲もない。


「最近、大人しくしてるね」


 真薫は、一瞬、言葉を選んだ。


「……はい」


「それでいい」

 間を置かずに、兼遠は言った。

「それが、一番いい」


 にこやかな笑顔。

 だが、その目は、まったく笑っていなかった。


 真薫は、その違和感を見逃さない。

 兼遠がこうした表情を浮かべる時、必ず“触れてはならぬ何か”が背後にある。


「兼遠様」

 真薫は、意を決して口を開いた。

賀茂保規(かものやすのり)殿のことを……ご存じですか」


 空気が、わずかに変わる。


「ああ」

 兼遠は、あっけらかんと頷いた。

陰陽助(おんみょうのすけ)だった人だね」


 まるで、天気の話でもするかのように。


「病死だって聞いたよ。可哀想にね」


 真薫は、兼遠の目を見た。

 そこに、揺らぎはない。


「……そうですか」

「うん」


 それ以上、話は広がらなかった。


 兼遠は、真薫の肩を軽く叩く。

 だが、その力は、思ったよりも強い。


「真薫くん」


 声が、わずかに低くなる。


定明(さだあきら)くんを、大事にしてあげてね」


 一言一言が、慎重に置かれている。


「あの子、今、すごく不安だと思うから」


 真薫は、喉の奥に引っかかるものを感じた。


「……はい」


 それ以上、返す言葉はなかった。


 兼遠は、にこやかな笑顔を取り戻し、そのまま歩み去っていく。

 振り返ることもない。


 真薫は、その場に一人残された。


 耳の奥で、兼遠の言葉が反芻される。


 ——定明くんを、大事にしてあげてね。


 それは忠告であり、警告でもあった。


 兼遠も、知っているのだ。

 定明(さだあきら)が、危険な位置に立たされているということを。


 だが。


 何を、どこまで知っているのか。

 そして、どこまで“見ないふり”をしているのか。


 それは、真薫にも、わからなかった。


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