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式部省の呪詛係  作者: 浮田小葉子
第三章 偽りの呪詛
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六 探される記録

 数日後、真薫(ちかゆき)定明(さだあきら)と再び会った。


「真薫殿、報告書は……」

「ああ。“呪詛だ”と書いた」


「……そうですか」

 定明は、寂しそうに笑った。

「僕も、“呪詛を祓った”と報告しました」


「すまない」

「いえ」


 定明は首を振った。


「僕らには、力がないだけです」

「……」


「でも、真薫殿」

 定明は、真薫を見た。

「あなたは、記録していますよね」


 真薫は目を瞠った。


「……なぜ」


「わかりますよ」


 定明は、微笑んだ。


「あなたは、嘘を吐くことに耐えられない。だから、必ずどこかに真実を、書き残している」


「……ああ」

 真薫は、認めた。

「裏帳簿を、つけている」


「それでいいんです」

 定明は、真薫の肩を叩いた。

「いつか、その記録が役に立つ日が来る」




 その夜、真薫が屋敷に戻ると、寝所が荒らされていた。

 几帳(きちょう)が倒れ、書物が散乱している。

 何かを探していたことが、一目瞭然だった。


 しかし、手箱は無事だった。


 真薫は、手箱を開けた。

 中には、四つの裏帳簿。


 維時の事件。

 行斉邸の事件。

 光保の事件。

 そして、今回の事件。


 すべて、無事だった。


「……ついに、来たか」


 真薫は、小さく呟いた。


 誰かが、真薫の記録を探している。


 道顕か。

 それとも、別の誰かか。


 真薫は、手箱をさらに巧妙な場所に隠した。



 翌朝、次兄の実薫(さねゆき)が訪ねてきた。


「真薫」

「実薫兄上」


「お前の寝所が、荒らされたそうだな」

「……ええ」


「真薫」

 実薫は、真薫の肩を掴んだ。

「お前は、危険すぎる」


「……」


「右大臣様が、お前を排除しようとしている」

 実薫の声が、震えた。

「私が、何とか守る。だから、頼むから、大人しくしていてくれ」


「兄上……」


 実薫の声が、強くなった。


「お前は、私の大切な弟なんだ。四男で、家督とは無縁だが、それでも——いや、だからこそ、私にとっては大切な存在なんだ」


 実薫は、真薫の肩を掴む手に力を込めた。


「お前が検非違使から左遷されたとき、私は何もできなかった。ただ、見ているしかなかった」


「兄上、それは——」

「今回も、同じだ」


 実薫の声が、掠れた。


「私は、右大臣様に仕えている。だから、お前を守るために動けば、私も疑われる。家全体が、危険に晒される」


 実薫は、目を閉じた。


「それでも、私は……お前を見捨てることができない」

「……」


「真薫、お前は正しいことをしようとしている。それは、わかっている」

 実薫は、真薫を見た。

「だが、正しいだけでは、生き延びられない。この都で、この時代で、正しさなど……何の役にも立たない」


「兄上……」


「頼む」

 実薫の声が、震えた。

「これ以上、危険なことはするな。記録も、つけるのをやめろ」


 真薫は、息を呑んだ。


「兄上、それを……」


「知っている」

 実薫は、苦笑した。

「お前がそういう人間だと、私は知っている。だから、警告しているのだ」


 実薫は、真薫の肩から手を離した。


「右大臣様は、お前の記録を探している。いつか、見つかる。そのときが、お前の最期だ」


「……」

「だから、やめろ。今すぐ、すべて燃やせ」


 真薫は、何も言えなかった。

 実薫は、溜息をついた。


「……言っても、無駄だな」

「兄上、すまない」


「謝るな」

 実薫は、真薫の肩を軽く叩いた。

「お前が謝れば、私は……」


 実薫の声が、途切れた。


「私は、弟一人守れない、情けない兄だ」


「そんなことは——」

「真薫」


 実薫は、真薫を見た。


「せめて、用心してくれ。――記録は、絶対に見つからない場所に隠せ」

「……はい」


「そして、もし——」

 実薫は、言葉に詰まった。

「もし、何かあったら、すぐに私に知らせろ。私が、必ず助ける」


 実薫は、真薫の肩を叩いて、部屋を出て行った。


 真薫は、一人残された。

 立ち去る実薫の背中が、どこか小さく見えた。


「兄上……すまない」


 小さく呟いた。

 実薫は、右大臣に仕えながら、弟を守ろうとしている。

 その矛盾に、苦しんでいる。

 真薫には、それがわかった。


「でも、私は……」


 真薫は、拳を握りしめた。


「やめるわけには、いかない」


 真薫は、手箱を開けた。


 四つの裏帳簿。


 真実の記録。


「いつか、この記録が意味を持つ日が来る」


 真薫は、そう信じていた。

 そして、その日まで、生き延びなければならない。


 真薫は、手箱を閉じた。



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