五 人形代
その夜、真薫は再び陰陽寮を訪れた。
許可を得て、光保が死んだ塗籠を調べた。
定明も同行している。
「真薫殿、何を探しているんですか」
「……わからない」
真薫は、塗籠の隅々を見た。
「ただ、何か見落としている気がするんだ」
真薫は、床を調べ、壁を調べた。
しかし、何も見つからなかった。
密室だ。
外から誰かが入った形跡はない。
「やはり、怨霊なのか……」
真薫が呟いたとき、定明が声を上げた。
「真薫殿、これを」
定明が指差したのは、塗籠の隅に置かれた香炉だった。
「香炉?」
「ええ。この中に、何か入っています」
定明は、香炉を開けた。
中には、黒く焦げた紙片が入っていた。
「これは……」
真薫は、紙片を慎重に取り出した。
わずかに文字が読める。
——源公通
「呪詛の人形代ですね」
定明が言った。
「光保が、公通様を呪うために使ったものでしょう」
「これが、証拠か」
「ええ。これを燃やして、呪詛を完成させたんでしょう」
定明は、香炉を見つめた。
「そして、公通様が亡くなって……。その怨霊が、光保を……」
そのとき、塗籠の空気が変わった。
急に、冷たくなる。
「……定明殿」
真薫の顔が強張った。
「何か、感じるか」
定明の声が、緊張していた。
「ええ、来ましたね」
塗籠の隅に、何かが現れた。
白い、靄のようなもの。
それが、ゆっくりと形を成していく。
人の形。
白い衣を着た、男の姿。
顔は蒼白で、目が虚ろだ。
「源、公通様……か?」
真薫は、息を呑んだ。
怨霊が、そこにいた。
「真薫殿、下がってください」
定明は、真薫の前に立った。
懐から、札を取り出す。
「怨霊退散、急々如律令!」
定明の声が、部屋に響いた。
怨霊が、動いた。
真薫に向かって、手を伸ばす。
「真薫殿!」
定明が、札を投げた。
光が走る。
怨霊が、悲鳴を上げた。
しかし、消えない。
「くっ……強い」
定明は、額に汗を浮かべた。
「真薫殿、早く外へ」
「しかし……」
「早く!」
真薫は、塗籠を飛び出した。
背後で、定明の声が響く。
真薫には聞き取れない、何事かの呪文。
光が、塗籠を満たした。
怨霊の悲鳴。
そして、静寂。
しばらくして、定明が塗籠から、よろめきながら出てきた。
顔面は蒼白で、息が荒い。
「定明殿!」
真薫が駆け寄ると、定明は力なく笑った。
「なんとか……鎮めました」
「大丈夫か」
「ええ。でも、あれは……本当に強い怨霊でした」
定明は、壁に寄りかかった。
「公通様の無念が、どれほど深かったか……」
「……」
「真薫殿」
定明は、真薫を見た。
「怨霊を、見ましたね」
「……ああ」
真薫は、頷いた。
「見た」
白い靄。
人の形。
虚ろな目。
あれは、確かに存在した。
「怪異は、いるんです」
定明は、静かに言った。
「人の理では説明できないものが、この世にはある」
真薫は、何も言えなかった。
ただ、頷くことしかできなかった。




