四 怨霊の名
真薫は、定明を訪ねた。
定明の住まいは、六角烏丸にあった。
「やあ、真薫殿」
定明は、驚いたように迎えた。
「どうしたんです、急に」
「少し、聞きたいことがある」
「どうぞ、中へ」
定明の部屋は、整然としていた。
書物が整理され、呪術の道具が並べられている。
「源公通という人物を知っているか」
真薫が訊くと、定明は顔色を変えた。
「……知っています」
「どんな人物だ」
「左大臣様のご一族です。正四位下、兵部卿でした」
定明は、声を潜めた。
「先月、病で亡くなりました」
「病、か」
「表向きは、そうなっています」
定明は、真薫を見た。
「でも、真薫殿は既に気づいているんでしょう」
「……ああ」
真薫は頷いた。
「光保が、公通様を呪詛で殺したのではないか」
「その通りです」
定明は、深く溜息をついた。
「公通様は、右大臣道顕様の政敵でした。道顕様が、光保に命じて呪詛を行わせた」
「それで、公通様は死んだ」
「ええ。そして、公通様の怨霊が、光保を殺したんです」
定明の声が、震えた。
「呪詛返し、ですね」
「定明殿は……」
真薫は訊いた。
「本当に、怨霊が光保を殺したと思うか」
「思います」
定明は、きっぱりと答えた。
「あの部屋の陰の気は、本物です。人間には、あんな気配は出せません」
「しかし……」
「真薫殿」
定明は、真薫を真っ直ぐに見た。
「あなたは、まだ怨霊の存在を信じていないんですね」
「……ああ」
真薫は、正直に答えた。
「私は、証拠と論理を信じている。怪異など……」
「わかります」
定明は、微笑んだ。
「僕も、昔はそうでした。陰陽師になる前は、半信半疑だった」
「しかし、今は――信じている」
「はい」
定明は、窓の外を見た。
「この世には、人の理では説明できないものがある。それを、僕は何度も見てきました」
「……」
「真薫殿も、いつかわかるときが来ます。――そんな日は、来ない方がいいんですが」
定明は、真薫の肩を軽く叩いた。
「それまでは、僕が怪異の専門家として、あなたを支えますから」




