反応は、優しさの顔で刺してくる
翌朝、制作部のホワイトボードには、もう赤い数字も黒い文字もなかった。
本日オンエア。
その五文字は消されている。
代わりに、青いマーカーで短く書かれていた。
放送後対応。
たったそれだけ。
夜が終われば、現場は次の仕事に移る。
誰かの声が初めて世間に晒されたことも。
誰かが一人でテレビの前に座っていたことも。
誰かが検索窓を開かないように指を握りしめていたことも。
朝になれば、全部「対応」になる。
俺は机に座り、メールを開いた。
未読が二十三件。
配信開始確認。
字幕データの保管。
次回素材の差し替え。
放送後記事の文言確認。
宣伝部からの共有。
その中に、見たくない件名があった。
【朝比奈澪|放送後反応メモ_速報】
昨夜、開かなかったやつだ。
件名の横に、未読の太字。
太字は嫌いだ。
見ろ、と言ってくる。
俺はカーソルを合わせた。
止める。
開くな。
仕事だ。
開くな。
仕事だ。
開くな。
昨日の夜より、指が軽い。
その軽さが怖かった。
「佐伯くん」
背後から水野さんの声がした。
「はい」
「開くな」
「まだ開いてません」
「今、開こうとしてただろ」
「仕事です」
「その言葉、禁止にしようかな」
「不便です」
「君が便利に使いすぎる」
水野さんは俺の画面を見た。
件名を読んで、表情を変えない。
「速報版は俺が見る」
「昨日も似たようなこと言われました」
「今日も言う」
「放送後確認担当としても?」
「放送後確認担当としても」
「俺、何なら見ていいんですか」
「録画データ。字幕。音声。尺。納品書」
「人間以外ですね」
「そう」
即答だった。
ひどい。
でも、少しだけありがたかった。
水野さんは、俺の横に立ったまま言った。
「昨日、検索したか」
「してません」
「放送後も?」
「してません」
「本当に?」
「本当に」
「気持ち悪いな」
「三回目です」
「何度でも言う」
水野さんは俺の机に置かれたスマホを見た。
画面は伏せてある。
朝から、まだ一度も表にしていない。
「じゃあ、今日は一回だけ」
「検索ですか」
「うん」
「増えたんですか、許可」
「昨日ゼロで耐えたからな」
「ご褒美みたいに言わないでください」
「ご褒美じゃない。管理だ」
水野さんは低く言った。
「見ないまま溜めると、変なところで破裂する」
「経験談ですか」
「仕事上の知見」
「便利ですね」
「便利な言葉は危ないって言ったろ」
水野さんは椅子の背に手を置いた。
「ただし、見るなら昼休み。十分だけ。本人には何も送るな」
「はい」
「良い反応でも」
「送らない」
「悪い反応でも」
「送らない」
「微妙な反応でも」
「送らない」
「自分に刺さった反応でも」
少しだけ詰まった。
水野さんが目を細める。
「そこだぞ」
「……送らない」
「よし」
よし、ではない。
俺はまだ、何もよくない。
でも、ルールがある方が、今はましだった。
「朝比奈さんは?」
また聞いてしまった。
水野さんは、予想していたようにため息をつく。
「矢崎さんから連絡あった。朝、本人と電話したらしい」
「大丈夫でしたか」
「大丈夫、とは言ってない」
「何て」
「怖かった。でも見た。って」
短い言葉だった。
澪らしい。
「それだけですか」
「あと、今日、事務所に来る」
「今日?」
「放送後の方針確認。プロフィール文言、コメント動画、次の営業資料」
「早いですね」
「早いよ。放送後だからな」
放送後。
便利で、残酷な言葉。
昨日まで「まだ世間に出ていない声」だったものが、今日から「使える材料」になる。
「君は来るな」
水野さんが言った。
「どこに」
「打ち合わせ」
「呼ばれてません」
「呼ばれてなくても気にするだろ」
「気にはします」
「するな」
「無理です」
「じゃあ、動くな」
それならできるかもしれない。
たぶん。
低い。
「佐伯くん」
「はい」
「今日の朝比奈さんは、たぶん昨日より危ない」
「危ない?」
「良い反応を浴びると、人は崩れることがある」
悪意ではなく。
良い反応。
「褒められて?」
「そう」
水野さんは、俺の未読メールを閉じた。
「否定はわかりやすい。痛いからな。逃げるか、耐えるか、怒るか、選びやすい」
「はい」
「でも、褒め言葉は優しい顔で刺してくる」
水野さんは、少しだけ間を置いた。
「それに合わせたくなる」
その一言は、やけに静かだった。
「朝比奈さん、合わせますかね」
「合わせようとするだろ」
「……はい」
「昨日の二言が残ったなら、次はそこを求められる」
「そこ、ですか」
「本人がまだ掴んでない場所だ」
俺は黙った。
「それはもう、本人の傷じゃなくて注文になる」
注文。
残酷なほど実務的な言葉だった。
「君は、そこで余計なことを言うな」
「はい」
「言いたくなるからな」
「はい」
「たぶん、かなり」
「はい」
水野さんは、ようやく俺の机から離れた。
「昼まで録画データの確認。検索は昼休み。十分だけ」
「はい」
「タイマーかけろ」
「本気ですか」
「本気」
水野さんは自分の席に戻っていった。
俺はメール画面を閉じる。
未読の太字が消えたわけではない。
ただ、見えなくしただけだ。
◇
午前中、俺は録画データを確認した。
映像ノイズなし。
音声トラブルなし。
字幕ズレなし。
配信版の差し替え素材、問題なし。
画面の中で、澪は何度も「元気でね」と言った。
確認のため。
仕事として。
一回。
二回。
三回。
回数を数えないようにしても、身体が覚える。
駅前の光。
白い息。
横顔。
少し遅れる声。
元気でね。
何度聞いても、うまくはならなかった。
何度聞いても、滑らかにはならなかった。
何度聞いても、流れなかった。
それが厄介だった。
仕事なら、慣れたい。
慣れれば楽になる。
でも、慣れなかった。
梶原さんが編集室から顔を出した。
「佐伯くん、まだそこ見てるの」
「確認です」
「何回確認してんの」
「必要な分です」
「便利な言葉だね」
今日はみんな、それを言う。
梶原さんは紙コップのコーヒーを片手に、俺のモニターを覗いた。
ちょうど、澪が「元気でね」と言い終えたところだった。
「やっぱり、残ったね」
「はい」
「でも、あれ危ないよ」
「何がですか」
「次から狙われる」
梶原さんは軽い声で言った。
軽いのに、冷たい。
「昨日のあれが良かったってなるとさ、次もああいう声を出してよ、って言われる。本人が本当に傷ついてるかどうか関係なく」
注文。
水野さんの言葉と重なる。
「そうなると、あの子は壊れますか」
聞いてしまった。
梶原さんは肩をすくめる。
「知らない。壊れる子もいるし、利用する子もいるし、何もわからないまま消える子もいる」
「消える」
「一番多いよ」
さらっと言った。
制作部の蛍光灯が、白く鳴っている。
「だから、残ったって言われた今が、一番危ないんじゃない」
梶原さんはコーヒーを飲んだ。
「まあ、俺は編集だから、危ない素材ほど助かるけど」
「最低ですね」
「うん」
否定しなかった。
「君も似たような顔してるよ」
「やめてください」
「やめない」
梶原さんは笑って、編集室に戻っていった。
俺はモニターを見る。
停止画面の澪。
言い終えた直後の顔。
昨日より、少しだけ遠く見えた。
◇
昼休み。
俺はスマホのタイマーを十分に設定した。
馬鹿みたいだ。
でも、設定した。
検索窓を開く。
朝比奈澪。
変換候補に、もう名前が出る。
昨日より早い。
それだけで、喉の奥が少し乾いた。
検索する。
一回目。
結果が並ぶ。
事務所プロフィール。
ドラマ公式。
コメント動画。
感想。
感想。
感想。
俺は息を止めて、画面を見た。
『昨日の元同級生役の子、誰?』
『朝比奈澪って新人らしい』
『棒読みっぽいけどなんか残った』
『白瀬玲奈目当てで見たけど、駅の子ちょっと気になった』
『あの「元気でね」変じゃなかった?』
『変だけど妙にリアルだった』
『雰囲気売りかと思ったら声が変』
『下手なのか演技なのかわからん』
『新人の子、透明感ある』
『透明感っていうより暗い』
『元気でねの言い方こわ』
『あそこだけ空気変わった気がする』
俺は指を止めた。
見てはいけないものを見ている感覚はなかった。
むしろ、見たいものが多すぎた。
それが一番危なかった。
良い反応。
悪い反応。
どちらでもない反応。
全部、澪に刺さりそうだった。
全部、澪を変えそうだった。
全部、俺が拾いたくなるものだった。
タイマーは残り七分。
まだ七分もある。
俺は画面を閉じようとして、もう一つだけ見た。
『白瀬玲奈の表情も良かった。あの新人の子がいたから余計に効いてた』
白瀬玲奈。
澪。
同じ文の中に並んでいる。
世間が、勝手に並べ始めた。
俺はスクロールを止めた。
スマホを伏せる。
タイマーはまだ鳴っていない。
残り五分。
見ようと思えば見られる。
見なかった。
見なかったまま、タイマーを止めた。
十分も使えなかった。
使えば、たぶん戻れなくなる。
机の向こうで、水野さんがこちらを見ていた。
何も言わない。
俺も何も言わなかった。
◇
澪からメッセージが来たのは、昼休みが終わる少し前だった。
『事務所にいます』
俺はスマホを見た。
『打ち合わせですか』
『はい』
『一人ですか』
『矢崎さんがいます』
『そうですか』
少し間。
『反応、見ましたか』
来た。
当然、来る。
俺は画面を伏せかけて、戻した。
『少しだけ』
送信。
既読。
『どうでしたか』
どうでしたか。
簡単な質問。
一番難しい質問。
俺は答えを探した。
良かったです。
刺さってました。
変と言われてました。
怖いとも言われてました。
全部、駄目だ。
『今は聞かない方がいいです』
送った。
既読。
長い沈黙。
『悪かったんですね』
『悪いだけではありません』
送ってから、すぐに失敗だと分かった。
既読がつく。
『それ、悪い時の言い方です』
返せなかった。
画面の上に、入力中の表示が出ては消える。
出ては消える。
やがて、次が来た。
『じゃあ、あとで自分で見ます』
指が止まる。
見るのか。
今。
今日。
あの生の反応を。
『矢崎さんと見てください』
送った。
既読。
『一人で見たら駄目ですか』
『駄目ではないです』
『でも、止めたいんですよね』
俺は画面を見た。
『はい』
既読。
少し間。
『じゃあ、矢崎さんと見ます』
その返事に、少しだけ息が抜けた。
安心した。
安心している自分が嫌だった。
『佐伯さん』
『はい』
『何も知らないのも怖いです』
彼女の言葉は、いつも途中で割れる。
逃げたい。
見たい。
知りたい。
知らないでいたい。
その割れ目に、俺は何度も手を入れそうになる。
『矢崎さんに、仕事で必要な分だけ見せてもらってください』
送った。
既読。
返事は遅かった。
『仕事で必要な分』
『はい』
『それ、怖い言葉です』
その通りだった。
俺は目を閉じた。
『でも、今はそれが一番ましだと思います』
送る。
『佐伯さんのましは、信用できますか』
『四割くらい』
『昨日より高いです』
『頑張りました』
少しだけ、間が空く。
『じゃあ、四割だけ信用します』
その返事を見て、ようやく息ができた。
『打ち合わせ、行きます』
『はい』
『怖いです』
『はい』
『でも、行きます』
『はい』
そこでメッセージは止まった。
俺はスマホを伏せる。
タイマーは、もう鳴らない。
鳴る前に止めたからだ。
◇
午後、宣伝部の共有フォルダに新しい資料が増えた。
【朝比奈澪|放送後反応メモ_抜粋】
速報ではない。
抜粋。
誰かが選んだ世間。
水野さんが開いていた。
俺は見なかった。
見なかったが、会議スペースから声が漏れてきた。
「好意的な反応は、やっぱり『残る』『空気変わった』系ですね」
「否定は?」
「棒読み、暗い、怖い、雰囲気だけ、あたりです」
「プロフィール文言と接続するなら?」
「『言葉になる前』は少し抽象的なので、放送後なら『声が残る新人』の方が伝わりやすいかと」
声が残る新人。
新しい箱。
もう来た。
昨日まで、言葉になる前の感情を画面に残す新人。
今日から、声が残る新人。
早い。
軽い。
仕事として正しい。
「それはまだ早い」
水野さんの声がした。
俺は手を止めた。
「でも、反応としてはそこが一番拾いやすいです」
「拾いやすいものに寄せると、本人より先に箱が決まる」
「放送後の初動は逃したくないんです」
「逃さなくていい。ただ、決めすぎるな」
「では、仮で」
「仮なら何でも置いていいわけじゃない」
水野さんの声は静かだった。
でも、少し低い。
「朝比奈さん本人の確認は?」
「事務所経由でこれから」
「本人に見せる前に、こっちで強すぎる文言は落とす」
「強すぎますかね」
「強い。『声が残る』って言われたら、次から本人は声を残そうとする」
会議スペースが少し静かになる。
「それは芝居じゃなくて、注文になる」
同じ言葉。
朝に言っていた言葉。
でも今度は、俺ではなく宣伝部に向いていた。
水野さんは、壁になっていた。
ずるい大人として。
俺はキーボードに置いた指を見る。
爪の先が、キーの上で白くなっていた。
◇
夕方、澪からメッセージが来た。
『少し見ました』
俺はすぐに返せなかった。
心臓が、少しだけ嫌な動きをする。
『一人で?』
『矢崎さんと』
少し安心する。
安心している自分が嫌だった。
『どうでしたか』
送る。
既読。
長い沈黙。
『優しかったです』
意外な返事だった。
続けて届く。
『優しい言葉が、一番怖かったです』
俺は画面を見つめる。
『どうしてですか』
『その通りにならないといけない気がしました』
水野さんの言葉。
注文。
褒め言葉は優しい顔で刺してくる。
『残るって言われたら、次も残らないといけない気がしました』
『はい』
『声が好きって言われたら、その声を出さないといけない気がしました』
『はい』
『でも、私、自分の声をまだよく分かってません』
正しい。
あまりにも正しい。
『分かったふりは、しなくていいと思います』
送る。
既読。
『それも、少し逃げてますね』
読まれている。
『はい』
『でも、今日はそれでいいです』
澪は続けた。
『悪い言葉もありました』
『はい』
『暗いとか、変とか、棒読みとか』
俺は画面を見つめた。
それを本人が読む。
文字として。
自分の名前の近くで。
『痛かったですか』
送る。
『はい』
即答だった。
しばらく、次が来なかった。
画面の上に、入力中の表示も出ない。
ただ、沈黙だけがあった。
やがて、短い文が届いた。
『でも、たくさんありました』
俺は画面を見る。
『何がですか』
返事は来なかった。
既読だけが残っていた。
俺はスマホを伏せた。
伏せたまま、しばらく手を離せなかった。
数分後、また震えた。
『矢崎さんに言われました』
俺は画面を戻す。
『何と』
『今すぐ武器にしたら危ないって』
『はい』
『でも、なかったことにもできないって』
なかったことにもできない。
朝比奈澪の変な声は、もう外に出た。
戻らない。
なかったことにはできない。
『いいマネージャーですね』
俺は送った。
『怖いです』
『でしょうね』
『でも、たぶん、いい人です』
『たぶん』
『佐伯さんも、たぶん』
嫌な並べ方をする。
『俺は違います』
『そういうところが、少し似ています』
『やめてください』
『はい』
やり取りが少しだけ軽くなる。
でも、その下にあるものは重い。
『明日、事務所でボイトレの先生に会うことになりました』
『早いですね』
『はい』
『怖いですか』
『はい』
『行くんですか』
『行きます』
いつもの返事。
でも、今日は少し違った。
『変なところを直されるかもしれません』
俺は画面を見る。
『直したいですか』
既読。
少し間。
『直せるところは、直したいです』
続けて。
『でも、全部直ったら、昨日の私はいなくなりますか』
俺は、短く打った。
『分かりません』
既読。
長い沈黙。
次に届いた文は、思っていたより静かだった。
『分からないものなら、まだ私が決める余地がある気がします』
俺は、返信できなかった。
澪は、続けた。
『明日、行きます』
『はい』
『怖いです』
『はい』
『でも、昨日の声を、ただの事故にしたくないです』
事故。
その言葉は、ひどく正確だった。
偶然。
傷。
声。
オンエア。
反応。
それらが全部、事故のように起こった。
でも、彼女はそれを事故だけで終わらせたくないと言った。
『分かりました』
俺は送った。
『何がですか』
『分かりません』
既読。
少し間。
『今日は逃げましたね』
『はい』
『でも、少しましでした』
『四割ですか』
『四割です』
そこでやり取りは終わった。
◇
夜、俺は放送後反応メモを開かなかった。
水野さんからも送られてこなかった。
代わりに、録画データのチェック表を埋めた。
音声問題なし。
字幕問題なし。
配信問題なし。
確認済み。
仕事は、問題なしで進む。
人間だけが、問題なしでは済まない。
机の引き出しを開ける。
破れかけた「元気でね」の紙片。
コメント動画の仮02通知。
昨日の録画データ。
今日の反応メモ。
全部が、別々の紙のようにそこにある。
俺は紙片に触れなかった。
触れたら、何かを勝手に確認してしまいそうだった。
スマホが震えた。
澪ではない。
水野さんからだった。
『明日、朝比奈さんのボイトレ見学。お前は来なくていい』
まただ。
来なくていい。
つまり、来るな。
俺は画面を見た。
返信欄を開く。
『わかりました』
打つ。
送る前に、もう一通届いた。
『ただし、音声資料の準備だけしろ。昨日のオンエア部分、長尺版と短尺版。あとコメント動画の仮02』
俺はしばらく画面を見ていた。
来るな。
でも、資料は作れ。
現場には入るな。
でも、手は貸せ。
正しい。
かなり、正しい。
俺は返信した。
『わかりました』
すぐに既読。
水野さんから、もう一通。
『混ぜるなよ』
短い。
意味は分かった。
俺の解釈を入れるな。
俺の好きな間を選ぶな。
俺が残したい傷を強調するな。
資料として出せ。
俺はキーボードに手を置く。
フォルダを開く。
オンエア素材。
長尺版。
短尺版。
コメント動画。
音声だけを書き出す。
波形が画面に表示される。
澪の声が、線になる。
高いところ。
低いところ。
揺れているところ。
沈黙。
元気でね。
音声編集ソフトの上では、全部が波形だった。
俺は何も触らなかった。
範囲だけを指定する。
書き出し。
ファイル名をつける。
朝比奈澪_オンエア音声_長尺。
朝比奈澪_オンエア音声_短尺。
朝比奈澪_コメント動画_仮02音声。
保存。
共有フォルダに入れる。
それだけの作業だった。
それだけの作業のはずだった。
再生ボタンの上に、指が止まる。
聞かない。
もう今日は聞かない。
そう決める。
蛍光灯が白く鳴っている。
制作部には、まだ数人が残っている。
誰かが笑う。
誰かが電話する。
誰かが、別の役者の名前を呼ぶ。
朝比奈澪の声は、もう特別なものではない。
仕事の素材になった。
それでも、俺の指先は、まだ再生ボタンの形を覚えている。
スマホの画面が暗くなる。
暗転したガラスに、自分の顔が映る。
その奥で、検索窓が、まだ開かれるのを待っていた。




