■ 第4話:兵器の概念と、「物理的破壊」の否定
窓一つない地下の第4会議室は、海底から引き揚げられた正体不明のオーパーツが、腐りきった現代人類を処刑するための「自爆装置」であるという絶望的な仮説によって、息を吸うことすら困難なほどの極限状態に陥っていた。
無機質な空調のモーター音が、ジジッ……ジジッ……と、逃げ場のない密室の空気をかき回し続けている。
七海悠太は、パイプ椅子からずり落ちたまま、冷たいコンクリートの床に両手をついてガタガタと震え続けていた。
「……処刑って、どうやって……? アトランティスの兵器ってことは、巨大なロボットがレーザーを撃ってくるとか、超古代の核ミサイルみたいなのが飛んできて、世界中がドカーンって火の海になるってことですか……!?」
七海の脳裏には、ハリウッド映画のパニックシーンのような、炎と爆発に包まれる都市の映像が浮かんでいた。
「……七海くん、あなたは本当にハリウッド映画の観すぎです。非科学的な妄想も大概にしてください」
極限の恐怖を切り裂くように、氷室司の呆れ果てた、冷徹な声が響いた。
氷室は、長机の上に置かれた冷え切ったブラックコーヒーの紙コップを手に取り、静かに一口啜る。
彼は懐からマイクロファイバーの布を取り出し、銀縁眼鏡のレンズを執拗なまでに磨き上げると、手元の最新型タブレットを厳かにスワイプした。
「御子柴さんたちが言うように、百歩譲ってそのオーパーツが『超古代の遺物』だとしましょう。……ですが、それが現代において【兵器として稼働する】など、物理学と材料工学の観点から絶対にあり得ません」
氷室の細い指先がタブレットを滑り、巨大モニターに、深海の過酷な環境を示す「水圧」「塩分濃度」「水温」のデータが青白く投射された。
「一万二千年間です。一万二千年間、何千気圧という深海の水圧と、塩分による強烈な腐食環境に晒され続けていたんですよ? 現代の最新鋭のチタン合金や電子基板ですら、数十年海に沈めばボロボロに朽ち果てて、ただの鉄クズになります」
氷室は、勝ち誇ったようにレーザーポインターで塩分濃度のグラフを指し示した。
「火薬や化学燃料も、海水に浸かれば使い物にならない。電子回路などの精密機器もショートして完全に死滅する。……引き揚げられたソレが、石の塊か、青銅の壺か、あるいは黄金のプレートかは知りませんが、火薬も電気も使えない【ただの腐った塊】が、どうやって火を噴き、爆発し、世界を滅ぼすというんですか?」
データと材料工学に基づく、氷室の強靭な論理の盾。
どんなに高度な文明が作ったものであろうと、一万年の経年劣化と海水の浸食には勝てない。兵器として物理的な破壊力を持つことなど不可能だという絶対的な反論。
しかし。
その言葉を聞いた轟大吾の顔つきは、岩のように険しく、強張ったままだった。
轟は、分厚い両腕を組み、黒のタクティカルジャケットの背中をギュッと軋ませながら、地を這うような低い声で唸った。
「……氷室。お前は『火薬と電子回路』しか兵器と呼べないのか。現代の軍事技術という【狭い枠組み】の中だけでしか、破壊の概念を想像できないから、そんな暢気なことが言えるんだ」
「破壊の概念……? 爆発や熱エネルギーを伴わない兵器があるとでも言うんですか」
氷室が不快そうに眉をひそめる。
「あるに決まっているだろう!!」
轟は長机の上に自らの暗号化端末を叩きつけるように置くと、太い指で画面を激しく操作した。
モニターの海洋データが消し飛び、代わりに、現代の軍隊が研究している「非運動エネルギー兵器」の概念図が映し出された。
「考えてもみろ。相手が現代を遥かに凌駕する超古代文明だとするなら、なぜ奴らが、俺たちと同じように『火薬を燃やして金属の弾を飛ばす』ような、原始的で野蛮な物理兵器を作っていると思い込んでいる!?」
轟が、分厚い両手で長机をバンッ!と激しく叩きつけた。
ダンッ!!という音が、地下室の空気を激しく震わせる。
「氷室! 兵器の本質とは『敵を無力化すること』だ! 火を噴く必要も、爆発する必要もない! 電子回路が海水で腐るなら、最初から【電気や化学反応を一切使わない物理法則】で動くシステムを作っていればいいだけのことだ!!」
「電気を使わない、未知の物理法則……!?」
氷室の持つタブレットが、カタカタと震え始めた。
「ええ、とても美しい破壊の形ね」
密室の淀んだ空気を撫でるように、烏丸玲奈の艶やかな声が響いた。
彼女は黒いヒールを鳴らしてゆっくりと立ち上がり、長い黒髪を指先でなぞりながら、モニターに映る兵器の概念図をうっとりと見つめた。
「氷室さん。人間はどうしても、自分たちの知っている『刃物』や『銃』で相手の肉体を傷つけることしか想像できないわ。……でも、本当に高度な文明が『世界を消去する』と決めた時、そんな血生臭くて非効率なやり方を選ぶかしら?」
烏丸は、透き通るような白い指先をそっと伸ばし、自分の柔らかな唇を撫でた。
「たとえば『音』。たとえば『光の波長』。あるいは、空間そのものを歪めるような【概念の干渉】。……彼らが作ったのは、人間の肉体を外側から壊す野蛮なミサイルではなく、この地球に存在する『生命のルール』そのものを書き換えてしまうような、美しくも悍ましい【神のオルゴール】かもしれないわ」
「ククク……ハハハハハ!!!」
突如、長机の奥から地鳴りのような笑い声が爆発した。
特務考察機関サイファーのリーダー、御子柴健だ。
彼はよれよれのスーツのポケットから両手を引き抜くと、ジッポライターを取り出し、カチン、と火をつけた。
深く吸い込んだ紫煙を天井に吐き出しながら、彼はギラギラと血走った目でホワイトボードの前に飛び出した。
「見事だぜ、轟! 烏丸! これで超大国どもが、なぜあんなに血眼になって海域を封鎖し、パニックに陥っているのか! その【最大の絶望】が完全に暴かれたぜ!!」
「絶望だと!? まだ兵器の形すら分かっていないのに!」
氷室がタブレットを握りしめ、立ち上がる。
「だから絶望なんだよ!!」
御子柴は黒のマーカーを掴み、ホワイトボードの中央に『ミサイル』『核兵器』『戦闘機』と書き、それらを赤いマーカーで激しく【バツ印】で消し去った。
ダンッ!!と叩きつける激しい音が、窓のない密室に鳴り響く。
「氷室! お前はさっき、火薬も電気も使えないと言ったな! それこそが、現代の軍隊にとって【最悪の悪夢】なんだよ!!」
御子柴の血走った眼光が、密室の全員を射抜いた。
「考えてもみろ!! もし相手がミサイルなら、迎撃システムで撃ち落とせる! もし相手が細菌兵器なら、ワクチンで対抗できる!! だが!!」
御子柴が悪魔のような笑みを浮かべて、最悪の仮説を咆哮する。
「現代の科学力で【観測すらできない未知の物理法則】で世界を滅ぼそうとする兵器なら、どうやって防ぐ!? イージス艦を何隻並べようが、核ミサイルを何万発撃ち込もうが、全く意味がねえ!! 奴らは『銃や大砲』で戦おうとしているのに、相手は【この世界のルールブックそのものを破り捨てようとしている】んだよ!!!」
「……っ!! 現代の防衛システムが、根本から無力化される……!!」
轟の巨体が、戦慄で大きく震えた。
「そうだ!! だから軍の上層部は絶望しているんだ!!」
御子柴が、黒のマーカーの先でホワイトボードを強く叩きつける。
「ソレは、熱も出さない! 爆発も起こさない!! ただ静かに、現代の科学では絶対に解析できない方法で、【地球というシステムそのものの電源を落とす】ためのプロセスを実行し続けている!! 物理的な破壊じゃないからこそ、人類は防ぐ手立てが一切ねえんだよ!!!」
「ああっ……! ああああああっ……!!」
七海悠太が、両手で自分の頭を強く抱え込み、床の上でのたうち回った。
「えっ、じゃあ……世界で一番強いアメリカ軍でも、どうにもならないってことかよ……!?」
七海の脳裏に、悍ましい光景がフラッシュバックする。
大西洋のど真ん中に集結した世界中の最新鋭艦隊。しかし彼らは、引き揚げられたただの「石ころ」か「金属の塊」を前に、一発のミサイルを撃つこともできず、ただ指をくわえて立ち尽くしている。
現代の最強の武力が、古代の『概念』の前ではただのオモチャに成り下がっているのだ。
「ふざけんな……! 逃げることも、戦って勝つこともできない!! 俺たちはただ、そのバケモノみたいなオーパーツが【世界の電源プラグを引き抜く】のを、黙って見てるしかないって言うのかよおおおっ!!」
物理的な破壊を伴わない、未知の滅亡プロセス。
現代兵器という名の盾がすべて紙屑に変わった瞬間、人類は真の無力感を知ることになる。
「【な、何だって言うんだァァァーーーッ!?】」
七海悠太の魂を引き裂くような絶叫が、窓のない第4会議室のコンクリートの壁に虚しく反響する。
無機質な空調のモーター音は、まるで現代科学の完全な敗北をあざ笑うかのように、そして、誰も止めることができない未知のカウントダウンのように、低く、重苦しく、彼らの頭上で鳴り響いていた。




