第5話:最初の客と、文字通りの『身体再構築』
俺が大学時代に経営のインターンシップでお邪魔したことのあるIT企業の社長さんが、第一号のお客様として、俺が精魂込めて仕上げた古民家スローライフ宿泊体験施設<囲炉裏庵>に来てくれることになっていたのだ。
はやる気持ちを抑えながら、俺は部屋の準備や食事の下準備などを整えていた。
……まあ、「整えていた」と言っても、実際に動いて掃除や準備、食材の極上分子変換をやっていたのは、すべてバトラーとモグド(アニメイト・マーター)たちなのだが。
「都会での喧騒を忘れてゆっくりしてもらうために、最高の一時を過ごしてもらうんだ」
俺は腕を組み、土間に浮遊するバトラーに向かって、いつになく熱のこもった長文で語りかけた。
「うちの自慢のヒノキの露天風呂も、バルコニーと一体で山脈を一望できる最高のロケーションだからな。仕事のストレスで限界寸前の社長さんに、心も体もドロドロに溶けて再構築して整ってもらうのがいいと思っているんだ」
日頃の大雑把な態度とは一転して、熱意たっぷりに語る俺の言葉を聞き、バトラーはどこか感じ入ったように頭部パーツを大きく頷かせた。
そして、瞬時に俺の「意図」を完璧に察知した(と勘違いした)様子で、自信満々に胸を張った。
『なるほど、かしこまりましたっ! お客様の身体を物理的に再構築されるのですね!』
「ん? いや、まあ……リフレッシュして整えるって意味だけどな?」
『お任せください主様! 分子レベルで組織を一度解体し、細胞疲労とストレス物質を完全消去した上で、完璧な健康体に再構築してみせましょう!』
「……? まあ、お風呂でしっかり疲れが取れればそれでいいよ」
どこか話のスケールが物騒な方向にズレている気もしたが、俺は深く気にせず時計に目をやった。
◇
ほどなくして、IT社長・岩野権之助56歳さんから、麓の駅に着いたという連絡が届いた。
同時に、バトラーのホログラム画面にも「量子レーダー受信」の通知がピコンと鳴る。
「よし! 早速、高機動軽トラでお迎えに行ってくるぜ!」
俺が納屋へ走ろうとすると、バトラーがすーっと前に立ちはだかり、燕尾服風の上半身を優雅に揺らした。
『主様、お待ちください。モグド(命名受理拒否中)に行かせましょう。主はこの<囲炉裏庵>玄関でお客様をお迎えください』
「え? でも駅まで車で30分くらいかかるぞ?」
『ご心配なく。モグドでしたら、無限速周回再結晶にて、今既に到着しておりますし、戻るのも一瞬でございます』
「え、もう着いてんの!?」
俺が目を白黒させていると、次の瞬間には玄関の空気が一瞬だけ青く揺らめいた。
次の瞬間——玄関の前には、手荷物を抱えたまま「ポカーン」と口を開けて呆然と立ち尽くす、スーツ姿の壮年男性が立っていた。
老化と過労で目の下に色濃いクマを作り、見るからに限界寸前だったIT企業社長・岩野権之助さんその人である。
「……え? あ、あれ……? 私、さっきまで駅のホームにいたはずでは……? 一瞬、青い光に包まれて、光速で空間をスライドしたような……?過労のせいか、幻覚を見たのか?」
自分の置かれた状況が理解できず、パチパチと目を瞬かせる岩野社長。
俺はすぐさま最高の営業スマイルを浮かべ、両手を広げて迎え入れた。
「岩野社長! いらっしゃいませ! 古民家スローライフ宿<囲炉裏庵>へようこそ!」
「か、神木坂くん!? え、ここ、山奥の古民家なの!? 私、さっき駅に降り立ったばかりなんだが……!?」
『主様、無事に「瞬間自動迎送」が完了いたしました。ついでにモグドが移動の衝撃を相殺するため、お客様の脳波をα波で満たしておきました』
「(バトラー、ナイス!)」
混乱する岩野社長の肩を優しく叩きながら、俺は満面の笑みで奥へと案内した。
「長旅でお疲れでしょう! ささ、まずは自慢のヒノキ露天風呂で、心も体もドロドロに溶けて『再構築』されていってくださいね!」
「あ、ああ……ありがとう……? (なにか凄い科学技術……いや、マジックか……?)」
過労で思考力が著しく低下していた岩野社長は、そのまま吸い込まれるように、バトラーとモグドたちが手ぐすね引いて待つ「異次元のヒノキ風呂」へと向かっていくのだった。
(第6話へ続く)




