第4話:囲炉裏のすき焼きと、目に見えない個室
すっかり日が落ち、山奥の古民家には心地よい夜のしじまが訪れていた。
モグド(アニメイト・マーター)たちの超空間クリーンアップによって分子レベルで磨き上げられた、磨き丸太の柱、新畳の爽やかな匂い、そして古民家の中心にある立派な囲炉裏。
その囲炉裏には、バトラーが用意した(というか空気中の微細粒子からナノ生成した)無煙炭化炭が赤々と炭火を散らし、鉄鍋からすき焼きの甘辛い香ばしい匂いが立ち上っていた。
「うおー、買い出しの安売り牛肉だけど、囲炉裏で食うと格別だな!」
『……主様、一言よろしいでしょうか』
すき焼きの湯気の中、すーっと天井からパーツをクルクル回しながら降りてきたバトラーが、どこか不服そうに浮かんでいた。
『そのお肉、先ほど私がモグドたちに命じ、分子構造を再配列して最高級A5ランク黒毛和牛の熟成肉と同等のアミノ酸組成・旨味成分に書き換えておきましたが』
「へー、どーりでやたら柔らかくて美味いと思ったわ。サンキューバトラー! ほら、バトラーもすき焼き食えよ」
『私は情報統合体でございますので有機物の摂取は不要でございます……というか、我が超技術を「安売り肉の肉質偽装」に使わせないでいただきたいのですが!』
「何言ってるんだ、フードロス削減と食材の有効活用だぞ。SDGsだな」
『超銀河文明の誇る量子再配列をSDGsの一言で片付けないでください主様ーっ!』
本日何度目か分からないバトラーの悲鳴をBGMに、俺は生卵にくぐらせた極上の牛肉を口に放り込む。美味い。古民家開業前の前夜祭としては最高のご馳走だ。
◇
ハフハフとすき焼きを頬張りながら、俺はふと古民家の将来のレイアウトについて考えを巡らせた。
「なあバトラー。この古民家、何組かの客が同時に泊まれて、朝晩はこうしてみんなで囲炉裏を囲んでワイワイできるような形にしたいんだよな」
『ふむ、地球の伝統的な交流型宿泊体験施設というわけですね』
「そうそう。ただな……最近は地球じゃ感染症の心配とかもあるだろ? せっかくの旅行で風邪やら何やらうつし合うのも嫌だし、かといって分厚い壁で囲っちゃったら囲炉裏の雰囲気が台無しだし……若干隔離できた方がいいのかなぁ?」
俺がポロッと呟くと、バトラーが待ってましたと言わんばかりに、鏡面のような燕尾服風ボディ(逆三角錐)をどや顔(の雰囲気)で誇らしげに反らせた。
『フフフ……甘いですぞ主様! この私にそのようなお悩み、お任せください!』
バトラーが宙でパーツをクルクルと回転させると、囲炉裏の周囲に青白く透き通る幾何学模様のホログラムが展開された。
『我が超文明におきましては、細菌や真菌はおろか、ウイルス、リケッチアなどの微細生物、あるいは有害な有機・無生物などの完全除去などお手の物でございます! さらに、モグドによる「再結晶構造の無物質隔膜」の即時生成が可能でして! 視覚的には「何も存在しない透明な空間」でありながら、音響・空気・病原体・プライバシーを完全に遮断する重隔壁が存在しているのと同等の隔離空間の構築も可能なのです! つまり、囲炉裏の温もりの空間を共有しつつ、完璧な防護空間を——』
バトラーがドヤ顔で熱弁を振るうのを、俺はすき焼きのネギを口に運びながら数秒でバッサリと遮った。
「じゃあつまり、個室がたくさん作れるってことな? じゃあ頼むよ」
『あぁ主様、ちゃんと私の話を聞いておられましたかーーーっ!?』
バトラーの頭部に、本日何度目かの真っ赤な十字マークがハッキリと浮き上がる。
『「重隔壁と同等の防護性能を持つ透明な再結晶物理隔膜」という物理法則の奇跡を!「個室がたくさん作れる」という不動産屋みたいな大雑把すぎる一言に要約しないでいただきたいのですがーーーっ!?』
「いいじゃん、分かりやすくて。ほら、明日はいよいよ古民家宿のオープンなんだから、しっかり頼むぞ『モグド』と『バトラー』!」
『モグド呼称も定着させないでください主様ーーーっ!!』
文句を言いつつも、バトラーはアニメイト・マーターたちに号令をかけ、目に見えない空気の壁(プライベート空間)を古民家全体に完璧に構築し始めるのだった。
こうして、外観は風情ある古民家、内部は病原体ゼロ&プライベート完璧の超快適空間という、地球上で最も安全な宿泊施設が完成した。
明日、記念すべき最初の客が、この山奥にやってくる——。
(第5話へ続く)




