第7話 一等品
屋根は六日かかった。
瓦は割れたぶんを買い足した。垂木は三本替えた。バティストが下から寸法を言い、わたくしが上で切った。老人は腰を理由に一度も上がらなかったが、わたしが切る位置を一度も間違えさせなかった。
「あと、指二本ぶん右」
「こちらでしょうか」
「一本半」
「一本半」
「そう。そこで落とす」
鋸の刃が木に入る。おがくずが顔にかかる。屋根の上は風が通って、板を焼くより寒かった。
三日目に、隣の倉の若い者が二人、手伝いに来た。レナール商会の人だと言った。頼んだ覚えはない。
「旦那が、屋根を上げるなら人を出せと」
「代金は」
「聞いておりません」
「では、聞いてきてくださいませ」
若い者は困った顔をして、それでも聞きに行った。戻ってきて、こう言った。
「借り手がついたら家賃に乗せる、と」
六日目の夕方、最後の一枚を伏せた。中へ降りると、暗かった。屋根があるというのは、そういうことだ。
◇
窯を起こすのに、三日かかった。
最初の日は乾かすだけだ。弱い火で、煉瓦に染みた雨を追い出す。急ぐと中で水が沸いて、煉瓦が内側から割れる。
二日目に火を上げる。少しずつ、朝から夜まで。三日目の朝、炉の口が白くなった。
わたくしは竿を火に入れた。先が赤くなるまで待って、坩堝の中へ差し込む。回す。巻き取る。抜く。
種は重い。十年、この重さを毎年三十回だけ持ち上げてきた。手は覚えている。腕は忘れている。
「お嬢さん、腰が落ちとる」
「わかっています」
「膝で受けるんです。腕でやると明日死にますぞ」
「膝で」
「そう。膝で受けて、腰で回す。腕は添えるだけです」
膝で受けた。楽になった。
「昔から、そう言われておりました」
「昔から、直っとりませんな」
◇
火が上がりきるまでのあいだに、坩堝を見た。
三十年、火の入っていない工房だ。坩堝は二つ残っていたが、一つは縁が欠けていた。欠けたほうは使えない。種が縁から垂れて、炉の底で固まる。
「一つで足りますかい」
「一日二枚でしたら」
「二枚」
「三枚目は、腕がぶれます」
「ぶれた板は」
「売りません」
「売らんのですか」
「売りません」
バティストは、欠けた坩堝を持ち上げて、外へ出した。持ち上げるとき、腰のことを言わなかった。
「お嬢さん。親父さんは、日に四枚焼きましたぞ」
「存じております」
「あんたは、二枚だと」
「二枚です」
「なぜです」
「父は、四枚目を割っておりました」
わたくしは炉の窓を覗いた。中の色が、白に近づいている。
「割って、五枚目を焼いて、それも割って。三日に一度は、そういう日がございました。あれを勘定に入れますと、日に二枚半でございます」
老人は、しばらく黙っていた。
「……あんた、それを数えとったんですか」
「十のときからでございます」
「親父さんは知っとりましたかね」
「知らないほうが、よろしかったでしょう」
◇
板を作るには、まず筒を吹く。
種を巻いて、吹いて、伸ばして、大きな筒にする。両端を切り落として、縦に一本切れ目を入れる。それを炉に戻して、開く。開いた筒が、板になる。
筒を吹いているとき、種の中に泡が見える。小さいのが、いくつも。
普通は、これを均等に散らす。散らせば一つ一つが小さくなって、どこにも目立たない。
わたくしは竿を止めた。
息を、少しだけ細く送る。それから、竿を傾ける。種がゆっくり回って、泡が外側へ寄っていく。もう一度、細く。泡が縁の方へ移動する。
縁から三分のところで、潰す。真ん中が、空になる。
——手が、勝手にやっていた。
わたくしは、この手つきに名前をつけたことがない。父から教わったわけでもない。十五で最初の一枚を通したとき、なんとなくそうしていた。以来、十三年。
あの人は、これを十年見ていたのだ。
◇
開いた板を、徐冷炉に入れた。
急に冷やすと割れる。一晩かけて温度を落とす。窯の火を落とすときと同じだ。丁寧に寝かせる。
その晩、わたくしは工房で寝た。宿を取ってあったが、行かなかった。
夜中に二度、徐冷炉を覗いた。覗いても何もできない。覗くことしかできないから、覗いた。
二度目に覗いたとき、バティストが起きていた。土間の隅で、毛布をかぶって座っていた。
「眠れませんか」
「わしは、この時分は起きとります」
「三度目でございますか」
「二度目です」
老人は、炉のほうを見た。
「割れとりゃせんかと」
「割れておりません」
「見えますので」
「音がしておりませんので」
割れるときは、音がする。徐冷炉の中でも、聞こえる。低い音だ。腹に来る。
その音を、この十年で四度聞いた。四度とも、翌朝は同じ寸法を焼き直した。
「お嬢さん。もし割れとったら、どうなさる」
「焼き直します」
「明日も、割れとったら」
「焼き直します」
「割れなくなるまで」
「はい」
老人は、毛布を巻き直した。
「……親父さんと、そこだけは同じですな」
翌朝、炉を開けた。バティストが先に覗き込んで、それから場所を譲った。
わたくしは板を出した。
三尺と、二尺。厚みは並。大きさも並。誰かに頼まれたものではない。寸法も自分で決めた。
窓のない工房の、戸口だけが明るい。板を、その光にかざした。
◇
床に、四角い光が落ちた。
縞がない。濁りもない。板の真ん中を通った光は、何にも触らずに床まで届いた。
縁の三分のところにだけ、泡が細かく列を作っている。列は板の四辺を回って、閉じていた。
わたくしは、それをしばらく見ていた。
十年、南翼の温室に入れてきた三百二十七枚は、全部この作りだった。全部、誰かのために焼いた。寸法も厚みも、あの部屋の窓に合わせて決めた。
この一枚だけは、どこにも嵌まらない。嵌まる窓が、まだない。
「……お嬢さん」
バティストの声が、少しおかしかった。
「はい」
「なんぞ、言うことがあるでしょうが」
「何をでしょう」
「等級です」
「……そうですね」
わたくしは板を下ろした。それから、言った。
「——一等品」
老人は、鼻を鳴らした。それから、袖で顔を拭いた。
「腰ですか」
「腰です」
「腰は、目のあたりにはございませんでしょう」
「わしのは、ここまで来とります」
◇
戸口が、暗くなった。誰かが立って、光を塞いでいた。わたくしは板を抱えたまま、顔を上げた。
外套に霜が降りている。夜通し馬車を走らせてきた人の立ち方だった。従者を連れていない。
オーギュスト・レナールは、わたしの顔を見なかった。板を見ていた。それから、床に落ちた四角い光を見た。
光の縁で、泡が列を作って閉じている。
「……この工房は」
彼は、そこで言葉を切った。
「貸していただけますか」
わたくしはそう言った。
「屋根は、直しました」
十年ぶんの仕事のうち、いちばん最初に「自分のため」に焼いた一枚が、いちばん行き場がありません。嵌まる窓がないからです。窓のほうを、これから探します。
次話——王都の商会には、十五の助手がいます。初対面のアニエスに、まず「手が汚い」と言います。




