第五十話 声を持たない子にも、祝福の席はある
声名簿講堂に、声を出せない少年が来た。
名はユーレン。生まれつき声がほとんど出ず、会話は石板で行う。彼の姉が婚約するため、祝福の席で何か役目を持ちたいのだという。依頼書には、母親の字でこう書かれていた。
『歌えない子にも、祝福に参加する方法はありますか』
エリアナはその一文を何度も読んだ。
歌えるのに歌わされすぎた自分。歌えないことを隠そうとしたメリッサ。休むことを学んだ見習いたち。そして今、声を持たない少年。
祝福は、声のある者だけのものではない。
ユーレンは緊張した顔で講堂に立った。石板に大きく書く。
『姉の式で、僕だけ何もできないのは嫌です』
エリアナは石板で返した。
『何もできないのではなく、まだ方法を決めていないだけです』
アレクシスは小さな鐘ではなく、木札と青い紐を用意した。ユーレンが姉の名を木札に書き、誓約の時に祭壇へ掛ける。鐘は別の詠唱士が鳴らすが、木札が揺れた瞬間を祝福の合図として記録する。
ユーレンは目を丸くした。
『声がなくても、記録されますか』
『本人の行動ですから』
式当日、少年は姉の名を書いた木札を両手で持った。歌はない。言葉もない。けれど、誓約文の後、彼が木札を掛けると、参列者は静かに頭を下げた。
セラフィナが記録する。
「祝福補助、ユーレン。木札奉納。発声なし」
少年は泣いた。声は出ない。だが、涙を隠さなかった。
式の後、彼は石板に書いた。
『僕の祝福も、ありました』
エリアナは頷いた。
『ありました』
その夜、声名簿に新しい欄が加えられた。
『非発声祝福』
声を守る制度は、声を持つ者だけでなく、声を持たない者の席も作り始めた。
ユーレンの母は、式の後、何度も礼を言った。
「この子は、祝福の場ではいつも客席でした。家族なのに、何もできないと思い込んでいました」
エリアナは石板に書く。
『客席にいることも参加です。ただ、本人が別の形を望むなら、席を作れます』
ユーレンは木札を胸に抱いたまま、姉夫婦の後ろ姿を見ていた。彼の祝福は大きな音ではない。だが、姉は式の最中、その木札を見て泣いた。
声がなくても届くものがある。
それを、声を取り戻したエリアナが学ぶのは不思議だった。自分の声を守る道の先に、声を使わない祝福の場所があった。
講堂へ戻ると、セラフィナは新しい欄を見て言った。
「これは大きな変更です。発声者名簿ではなく、祝福行為名簿に近づく」
エリアナは頷いた。
『声を守るために始めた名簿ですが、声だけを中心にしすぎてもいけないのかもしれません』
その日、声名簿講堂は少しだけ広くなった。実際の壁ではなく、受け入れられる沈黙の幅が。




