第四十一話 父からの最後の手紙は、短くて不器用だった
ベルフォード侯爵グラードからの手紙は、冬の始まりに届いた。
封筒は質素だった。家紋はあるが、以前のような威圧感はない。エリアナは練習室で受け取り、しばらく開けずにいた。
父からの手紙を見ると、今でも指先が冷える。
謝罪書は受け取った。管理権も失った。直接命令は禁止されている。それでも、父の字は体に残った記憶を呼び起こす。
アレクシスは言った。
「読まない選択もあります」
エリアナは首を振った。
『今日は読めます。ただ、同席してください』
「はい」
封を切る。
手紙は短かった。
『祝鐘は、冬の朝にも鳴るようになった。聖務院の者が記録をつけている。セシリアの木札は表に掛かっている。私は、それを見るたびに不愉快になる。だが、外すことは禁じられている。お前が正しいと言いたいわけではない。ただ、鐘は以前より割れた音を出さなくなった』
エリアナは読みながら、眉を寄せた。
謝罪ではない。
優しい手紙でもない。
けれど、父が母の木札を外していないこと、祝鐘の音が変わったことを書いている。
続きがあった。
『メリッサから、朗読の収入で買った茶が届いた。苦い。だが、礼はした。お前の結婚式には、出席するか分からない。出席すれば、何か言われるだろう。欠席しても、何か言われるだろう。どちらにしても、私が決める』
最後の一文で、エリアナは少しだけ息を止めた。
私が決める。
父が、自分の選択として書いている。娘に命じるのではなく、世間のせいにするのでもなく。
不器用で、頑固で、謝罪としては足りない。けれど、以前の父なら、出席するから準備しろ、あるいは欠席してやると脅しただろう。
エリアナは手紙を置いた。
胸は痛い。怒りも残っている。これで父を許せるわけではない。
だが、父の変化が全くないとも言えなかった。
石板に書く。
『返事をしたほうがいいでしょうか』
アレクシスは首を傾げた。
「したいですか」
したいか。
義務ではなく、自分がどうしたいか。
エリアナは少し考えた。父の手紙に温かく返すことはできない。かといって、沈黙で終わらせたいわけでもない。
彼女は便箋を取った。
『祝鐘が割れた音を出さなくなったこと、確認しました。母の木札を外さないでください。結婚式の出欠は、あなたが決めてください。出席する場合も、私の祝歌への発声依頼、名義変更、予定変更は受けません』
書いてから、最後に一文足した。
『茶は、メリッサの仕事の報酬で買ったものです。苦くても、礼をしたことは記録しておきます』
アレクシスが読み、静かに笑った。
「良い返事です」
エリアナは封をした。
父娘の関係は、物語のように和解しないかもしれない。父は不器用なまま、エリアナは警戒したまま、距離を保つのかもしれない。
それでも、命令ではない手紙に、条件付きの返事を返せるようになった。
手帳に書く。
『父から手紙。短い。不器用。許しではない。距離を保った返事』
その一行を書いて、エリアナは窓の外を見た。
冬の朝、西礼拝堂の小鐘が鳴る。
遠くで、ベルフォード家の祝鐘も小さく応じた気がした。
もう王都の基点ではない。
だが、割れた音ではなかった。




