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第二十六話 ベルフォード家の謝罪書は、初めて主語を間違えなかった

 ベルフォード侯爵家から、本当の謝罪書が届いたのは、管理権剥奪の翌週だった。


 封筒は以前より薄く、装飾も少ない。父グラードの署名は硬いが、文面は聖務院と法院の指導を受けたものだった。エリアナは西礼拝堂の練習室で、アレクシス、セラフィナ、リディアの立ち会いのもと封を切った。


『ベルフォード侯爵グラードは、長女エリアナ・ベルフォードの声を本人同意なくメリッサ・ベルフォード名義で使用しようとした』


 最初の一文で、エリアナは息を止めた。


 主語が父だ。


 これまでの文書は、エリアナの若気の至り、娘の混乱、家内の不和という言い方をしていた。今回は違う。父が何をしたかが、最初に書かれている。


 読み進める。


『過去の詠唱記録において、実際の発声者名、休声日、過負荷に関する記録を怠った。これにより、エリアナ・ベルフォードの名誉および健康を損なった』


 名誉。健康。


 その二つが並んでいることに、胸が詰まる。父はいつも家の名誉ばかり語った。娘の健康が同じ文の中で扱われたことはなかった。


『婚約者変更に関し、本人への説明、補償、名誉回復を怠った。今後、エリアナ・ベルフォードの声名札、職務、婚姻に関して、本人同意なく決定しない』


 最後に、治療費仮払い、未払い報酬算定、記録訂正への協力が記されていた。


 エリアナは紙を机に置いた。


 手が震えている。


 待っていた文面のはずだ。具体的な謝罪。主語を間違えない書類。だが、読んだからといって傷がすぐ塞がるわけではない。むしろ、何をされたのかが改めて形になり、胸の奥が痛む。


 リディアが小さく聞いた。


「大丈夫ですか」


 エリアナは石板に書く。


『大丈夫ではありません。でも、読みました』


 セラフィナはうなずいた。


「それで十分です。受領するか、修正を求めるかは、今日決めなくて構いません」


 エリアナは謝罪書をもう一度見た。


 父の字ではない部分も多い。法律家が整えた文だろう。父が心から書いたのかは分からない。だが、謝罪書は心だけを読むものではない。責任を記録し、次に同じことをさせないためのものだ。


 彼女は受領欄に署名した。


『謝罪書として受領します。許しとは別に、記録します』


 セラフィナが控えを作る。


 午後、メリッサが西礼拝堂へ来た。彼女は父の謝罪書とは別に、自分の書面を持っていた。


『私は、姉の声を自分の価値を飾るものとして扱いました。今後、姉の声を私の不足を埋めるものにしません』


 短いが、彼女自身の字だった。


 エリアナはそれを読み、声を使わずに頷いた。


 メリッサは恐る恐る言う。


「婦人会の朗読係、受かりました。最初は、声が軽いって笑われたけど、先生が、聞こえる速さで読む練習をしなさいって」


 エリアナは石板に書く。


『あなたの声の仕事ですね』


「うん。お姉様みたいに、すごいことはできないけど」


『比べないでください』


 メリッサははっとして、すぐに頭を下げた。


「ごめんなさい。比べない」


 その反応の速さに、エリアナは少しだけ笑った。声は出さない。けれど、表情で伝わったらしい。メリッサの顔が緩む。


「いつか、私が読んで、お姉様が歌わない式もできるかな」


 エリアナは考えた。


 歌わない式。


 以前なら、祝福には自分の声が必要だと思い込んでいた。だが、灰鐘祭で知った。鳴らない鐘にも、小鐘にも、木札にも、祈りは宿る。


『できます。必要なら、歌わない式の設計を手伝います。料金は取ります』


 メリッサは目を丸くし、それから笑った。


「払います」


 姉妹の間に、初めて冗談のような契約が生まれた。


 夕方、父から面会希望が来た。


 エリアナは手帳を開き、体調欄を確認した。喉は悪くない。だが、心が疲れている。


 面会簿に返答を書く。


『本日は不可。謝罪書は受領。面会は必要が生じた場合、聖務院立ち会いで行う』


 父に会わなくても、謝罪書は受け取れる。


 それが、エリアナには大きかった。直接会って泣かされ、怒鳴られ、最後に許すと言わされる必要はない。記録で受け取り、距離を保つことができる。


 夜、練習室で手帳に書いた。


『謝罪書受領。許しは未定。記録は成立』


 その下に、もう一行。


『メリッサ、朗読係。比べない練習中』


 ページを閉じると、西礼拝堂の小鐘が静かに鳴った。


 謝罪は終点ではない。


 けれど、主語を間違えない文からなら、壊れたものを直す作業を始められる。

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