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第二十五話 鐘舌を盗ませた者は、由緒を失う

 花市場の鐘舌は、灰鐘祭の翌朝、ベルフォード家の古い倉庫で見つかった。


 発見したのは聖務院の調査官だった。鐘舌は布に包まれ、傷つかないよう保管されていた。壊すつもりではなく、使えなくするつもりだったことは明らかだった。


 倉庫の鍵を持っていたのは、ベルフォード家の家令と、父グラードだけ。


 家令は取り調べで、最初は黙っていた。だが、灰鐘祭で小鐘が成功したこと、妨害が無意味になったこと、そして聖務院が鐘舌の保管状態を細かく調べたことで、沈黙を続けられなくなった。


『侯爵様は、分散管理が失敗すれば、旧中央基準へ戻るとお考えでした。花市場の鐘舌を一晩預かるだけだと』


 一晩預かるだけ。


 エリアナは調査報告書を読んで、吐き気を覚えた。


 父の言葉はいつもそうだ。明日だけ。一曲だけ。しばらくだけ。一晩だけ。誰かの同意を得ないまま奪う時、彼は期間を短く言う。短ければ許されると思っている。


 セラフィナ記録長は報告書を閉じた。


「ベルフォード侯爵家の基点鐘管理権剥奪について、正式審理に入ります。妨害行為が認定されれば、祝鐘管理は家から外されます」


 エリアナは石板に書く。


『祝鐘そのものは、どうなりますか』


「鐘は壊されません。家の私有礼拝堂に残ります。ただし、公的な王都鐘基点としての権限は失います」


 父にとって、それは爵位を削られるほどの屈辱だろう。


 だが、エリアナは喜びだけを感じられなかった。ベルフォード家の祝鐘には、母と磨いた記憶がある。幼い頃、踏み台に乗って鐘紐へ手を伸ばした。初めて澄んだ音が鳴った時、母が笑った。


 父がしたことの責任は取らせなければならない。


 それでも、鐘そのものまで憎むことはできなかった。


 管理権剥奪の審理は、聖務院大広間で行われた。貴族法院とは違い、鐘楼職人や詠唱士、司祭たちも傍聴できる。父はいつもの礼服を着ていたが、以前ほど堂々としていない。


 セラフィナが証拠を示す。


 花市場鐘舌の発見場所。倉庫鍵の記録。家令の証言。ベルフォード家から灰鐘祭前夜に出された旧中央基準使用の申し出。過去の声名札無断運用の記録。


 父は反論した。


「私は王都の鐘を守ろうとしただけだ。分散管理は未熟で、灰鐘祭という大事な日に失敗する危険があった」


 花市場の親方が立ち上がった。


「守るために、うちの鐘舌を盗んだのですか」


 父は言葉を詰まらせる。


「一時的な措置だ」


 エリアナの胸が冷たくなる。


 また、一時的。


 彼女は発言を求め、石板に書いた。


『一時的に奪われたものは、奪われた側にとってはその時必要なものです。私の声も、花市場の鐘舌も、必要な時に持ち主から離されました』


 セラフィナが読み上げると、大広間は静まった。


 エリアナは続ける。


『父は、壊していないと言うかもしれません。でも、鳴るべき時に鳴らせなかったことは、壊したのと同じです』


 花市場の親方が深く頷いた。


 父は娘を睨んだ。


「お前はどこまで家を辱める」


 以前なら、その視線だけで膝が震えた。今も怖い。だが、エリアナは石板を下ろさなかった。


『家の名誉は、他人の名を消して守るものではありません』


 その言葉は、母の木札から始まったすべての答えのようだった。


 審理の結論は明確だった。


 ベルフォード侯爵家は、王都十二鐘における基点鐘管理権を失う。祝鐘の公的使用は聖務院管理下でのみ許可。過去記録の訂正、治療費と未払い報酬の算定、花市場鐘楼組合への賠償を命じる。


 父は立ち上がれなかった。


 彼の誇りだった由緒は、消えたのではない。記録の中で、過負荷、無断使用、妨害という形に訂正された。


 審理後、エリアナは花市場の親方に頭を下げた。


『私の家のことで、ご迷惑を』


 親方は首を振った。


「あなたの家のことであっても、あなたのしたことじゃない。あんたは、うちの小鐘を鳴らす道を一緒に探してくれた」


 その言葉に、エリアナは目を伏せた。


 責任を切り分けることは、冷たいことではない。正しく謝るためにも、正しく受け取らないためにも必要なのだ。


 夜、西礼拝堂へ戻ると、ベルフォード家の祝鐘に関する新しい通知が届いていた。


『公的管理者、西礼拝堂および聖務院鐘楼課。参考詠唱士、エリアナ・ベルフォード。本人同意なき発声依頼禁止』


 エリアナはその通知を読み、長く息を吐いた。


 父は由緒を失った。


 だが、鐘は残った。


 いつか、母の記録とともに、誰かの名を消さない音として鳴らせる日が来るかもしれない。


 今はまだ、その日を急がない。

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