第十七話 妹の謝罪は、許しではなく訂正から始まる
メリッサは、ベルフォード家の宝石箱を西礼拝堂へ持ってきた。
受付に現れた彼女は、以前よりずっと地味な服を着ていた。華やかな薔薇色ではなく、淡い灰青。髪飾りも小さい。だが、地味に見せようとしているというより、目立つことで場を支配しないように気をつけているように見えた。
エリアナは面会室で待っていた。今日は短時間なら発声可能だが、妹との話は喉だけでなく心にも負担がかかる。机の上には砂時計と筆談板、そして退席札を置いた。
メリッサは席につくと、宝石箱を開けた。
「これ、カイン様から婚約のためにいただいたものです。正式には婚約が成立していないから、返そうと思っています」
中には真珠の指輪、髪飾り、白い手袋留めが入っていた。エリアナが婚約者だった頃、カインから受け取ったものよりずっと華やかだ。
胸が少し痛んだ。
比較したくないのに、目が勝手に比べる。自分に贈られた控えめな銀のブローチ。メリッサに贈られた真珠の指輪。カインは、見せる花嫁には見える贈り物を用意したのだ。
メリッサはその視線に気づき、顔を伏せた。
「ごめんなさい。これを見せるのも、嫌な気持ちにさせると思った。でも、返す前に、お姉様に知っていてほしくて」
エリアナは石板に書く。
『私の許可は必要ありません。あなたが返したいなら、返してください』
「うん。……それと、父に言いました。お姉様の声を私の名で使うことには、今後同意しないって」
『父は何と』
「怒りました。私の価値を分かっていないって。姉の声も家の資産だって」
メリッサは手を握る。
「その時、私、初めて言い返しました。お姉様は資産じゃないって。でも、言い返した後、怖くて部屋で泣きました」
エリアナは妹を見た。
メリッサはこれまで、父に愛される側だった。愛される側にも、父の機嫌を失う恐怖があったのだろう。それはエリアナの傷を消すものではない。けれど、妹が何の代償もなく謝罪の側へ来たわけではないことは分かった。
『怖くても言ったことは、記録できます』
「記録?」
『聖務院へ提出する訂正文に、あなたの証言を添えられます』
メリッサは目を見開く。
「私の証言が、お姉様の役に立つの?」
『私のためだけではありません。父がまた、誰かの声を家のものだと言わないために』
メリッサはしばらく黙った。
それから、ゆっくり頷いた。
「書きます」
エリアナは書式を差し出した。証言書には、事実だけを書く欄がある。いつ、誰が、何を言ったか。感想ではなく、確認できる言葉。
メリッサは筆を持つ手を震わせながら書いた。
『父グラード・ベルフォードは、メリッサ・ベルフォードの婚約式において、長女エリアナ・ベルフォードの声をメリッサ名義で記録するよう命じた。私はそれを知りながら止めなかった』
最後の一文を書く時、涙が落ちた。
今回は、エリアナが新しい紙を差し出した。
メリッサは泣き笑いのような顔をする。
「この前、リディアさんにもらったみたい」
『涙で読めないと、記録になりません』
「お姉様、少し厳しくなった」
エリアナは石板に書く。
『必要な厳しさです』
メリッサは小さく笑い、もう一度書き直した。
証言書が完成すると、面会室の空気が少し変わった。謝罪は気持ちだが、訂正は行動だ。メリッサが初めて、姉の傷を自分の不名誉として引き受けた。
「お姉様」
メリッサが言う。
「私は、許してもらえるまで何をすればいい?」
エリアナはすぐには答えられなかった。
許すための仕事一覧があるわけではない。証言書を書いたから終わりではない。けれど、終わりのない償いを妹に背負わせたいわけでもなかった。
彼女は考え、短く声を出した。
「私の声を、もうあなたの不足を埋めるものにしないで」
メリッサの瞳が揺れた。
「うん」
「あなたが歌えないなら、歌えないままの祝福を探して」
言い終えると、喉が少し痛んだ。エリアナは水を飲み、砂時計を返す。
メリッサはその間、黙って待った。以前なら、沈黙を気まずがって話し続けたかもしれない。今日は、姉の休声を待つことも謝罪の一部だと分かっているようだった。
帰り際、メリッサは真珠の指輪を箱に戻した。
「私、婦人会の朗読係に申し込みます。歌えないけど、文字を読むことはできるから。最初は笑われるかもしれないけど」
エリアナは石板に書く。
『あなたの声で読むなら、笑われてもあなたのものです』
メリッサはその言葉を胸に抱くように頷いた。
面会後、エリアナは証言書を封筒に入れた。妹を完全に許したわけではない。だが、妹が自分の声で訂正を始めたことは、確かに記録できる。
手帳に書く。
『メリッサ、証言書提出。許しは未定。訂正は開始』
それは冷たい文章に見えた。
けれどエリアナにとっては、姉妹関係を初めて嘘で飾らないための、正直な一行だった。




