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第十四話 王都十二鐘の沈黙は、私ひとりのせいではなかった

 王都十二鐘の再調査で、ベルフォード家の不備はさらに明らかになった。


 西礼拝堂の会議室には、鐘楼ごとの記録板が並べられている。薬師広場、南門、靴職人通り、王立施療院、花市場、古書街。十二の鐘はそれぞれ、違う生活を支えている。時刻を知らせる鐘、迷子を呼ぶ鐘、病床へ祈りを運ぶ鐘、旅人を送る鐘。


 エリアナは、その全部が自分の声に繋がっていたと考えるだけで息苦しくなった。


 アレクシスが板の一つを示す。


「本来、王都十二鐘は三つの基準に分かれて管理されます。東、中央、西。それぞれ別の詠唱士が基準を作り、互いに補正する仕組みです」


 セラフィナ記録長が続ける。


「ところが過去七年、中央基準がほぼベルフォード家の祝鐘だけに依存しています。東の基準詠唱士が引退した後、補充申請が出されていない」


 エリアナは石板に書いた。


『父が申請しなかったのですか』


「記録上は、ベルフォード家が『家内詠唱で十分対応可能』と報告しています」


 家内詠唱。


 その曖昧な語が、また出てきた。実際にはエリアナ一人。だが父は家の権威として報告し、聖務院も長く深く確認しなかった。彼女の喉は、家の都合と役所の怠慢の間で使われ続けたのだ。


 若い鐘楼技師ネイトが、おずおずと手を上げた。


「中央基準を一人に寄せると、声名札が外れた時に全部止まります。今回のように」


 彼はエリアナを見て、慌てて頭を下げた。


「責めているわけではありません。仕組みが危険だったという意味です」


 エリアナは小さく頷いた。


 責められることに、体が先に反応してしまう。誰かが原因を説明するだけで、自分が悪いと言われる準備をしてしまう。それは家で身についた癖だった。


 アレクシスが記録板に線を引いた。


「復旧案は三つです。一、ベルフォード家祝鐘を正規名義で復旧し、ただし基準依存を外す。二、西礼拝堂、王立施療院、花市場の三基準へ分散する。三、新しい詠唱士を育成し、声名札の本人保管を義務化する」


 本人保管。


 その言葉が、会議室の空気を少し変えた。


 古い司祭が難しい顔をする。


「声名札を本人が持つとなると、管理が煩雑になりますな。家や聖堂に保管したほうが安定する」


 エリアナの指先が冷えた。


 煩雑。安定。そういう言葉の下で、誰かの体が消える。


 彼女は筆を取った。


『管理が簡単であることは、持ち主の同意より優先されますか』


 セラフィナが読み上げると、会議室が静まった。


 司祭は咳払いをした。


「そうは言っておらん」


 エリアナは続けて書く。


『簡単だから家に預けた声名札を、私は妹名義に繋ぎ替えられました。安定のためと言われた仕組みで、王都十二鐘は止まりました』


 今度は誰も反論しなかった。


 アレクシスが、彼女の言葉を記録案へ書き込む。


「本人保管を基本とし、緊急時の預託は期間、目的、発声上限を明記する。これでどうでしょう」


 セラフィナはうなずいた。


「暫定規則として採用できます」


 エリアナは驚いて顔を上げた。


 自分の石板の言葉が、規則になる。


 家では、彼女の言葉は「細かいこと」「我儘」「感情的」として消された。ここでは、同じ言葉が記録され、修正され、誰かを守る規則へ変わる。


 会議の終盤、聖務院副院長が入ってきた。白髪の男で、王都鐘管理の責任者でもある。


「ベルフォード侯爵家から抗議が来ています。中央基準を外せば、家の由緒を傷つけると」


 セラフィナは淡々と答えた。


「由緒は、公共機能より優先されません」


 副院長はエリアナを見た。


「あなたが一節歌えば、当面は元通りになると聞いている」


 空気が張り詰める。


 まただ。


 当面。元通り。一節だけ。


 エリアナは胸元の布を握った。副院長に悪意はないのかもしれない。王都の鐘を守る責任がある。早く復旧させたい。その焦りは理解できる。


 だが、理解できるからといって、自分の喉を差し出す義務にはならない。


 彼女は石板に書いた。


『一節で戻せるからこそ、戻し方を間違えればまた同じことが起きます』


 副院長は目を細める。


 エリアナは続けた。


『私の声で復旧する場合は、分散管理への切り替え作業と同時に行ってください。元通りにする依頼は受けません』


 沈黙。


 アレクシスは口を挟まなかった。セラフィナも待った。


 副院長は長く考えた後、頷いた。


「よろしい。では、三日後の始鐘式で分散管理への切り替えを行う。エリアナ殿には中央基準の最後の確認音と、新基準の第一音を依頼する」


 最後と、最初。


 エリアナはその言葉をゆっくり受け止めた。


 自分の声が、父の仕組みを元に戻すためではなく、終わらせるために使われる。そして、新しい仕組みを始めるために使われる。


 会議後、アレクシスが言った。


「よく止めました」


 エリアナは石板に書く。


『鐘を鳴らすより、止めるほうが怖いです』


「必要な時に止められる人が、鳴らす仕事を続けられます」


 その夜、エリアナは手帳に予定を書き込んだ。


 三日後、始鐘式。


 中央基準終了。新分散基準開始。


 発声二音まで。


 そして最後に、小さく追記した。


『元通りにしない』

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