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第十二話 妹の招待状には、初めて私の名が書かれていた

 メリッサからの二通目の手紙は、淡い薔薇色の封筒に入っていた。


 以前なら、エリアナはその色を見るだけで胸が少し重くなった。メリッサの持ち物はいつも明るい。衣装も便箋も髪飾りも、誰かに見られることを前提に選ばれている。エリアナの石板や譜面のように、奥の部屋で使われるものとは違った。


 だが、今回の封筒の宛名は違った。


『西礼拝堂臨時詠唱士 エリアナ・ベルフォード様』


 お姉様、ではない。父の家の娘としてではない。職名が書かれている。


 エリアナは封を切った。


『先日は返事をくださり、ありがとうございました。私は、王都婦人会の慈善昼餐会で、婚約式の件について説明することになりました。父は反対しています。カイン様も、触れないほうがよいと言います。でも、私が黙れば、お姉様の声を私のものにしようとしたままになります』


 文字は丁寧だった。ところどころ、書き直した跡がある。


『私は歌えません。人前で話すことはできます。だから、私の声で、私がしたことを話します。可能なら、聴きに来ていただけませんか。祝歌を頼むためではありません。私が逃げないかどうか、見ていてほしいのです』


 エリアナは手紙を読み終えて、しばらく黙った。


 メリッサを信じてよいのか、分からない。謝罪の言葉が本心でも、長年の甘えがすぐ消えるわけではない。彼女は姉の苦しみに気づかず、気づいても、自分の晴れの日を優先した。


 それでも、招待状にエリアナの職名を書いた。


 小さなことだ。だが、小さなことからしか変わらないのかもしれない。


 アレクシスは予定表を確認した。


「その日は午前中に病床祈りが一件。午後は休声予定です。聴きに行くだけなら可能ですが、会場で発声しない条件をつけましょう」


 エリアナは石板に書く。


『妹の場に行くのは、怖いです』


「怖いなら、怖いと記録して行く。体調が悪くなれば帰る。あなたには退席する権利があります」


 退席する権利。


 それも、家では知らない権利だった。式の最中に喉が痛んでも、祝歌が終わるまで出られなかった。客が満足するまで、控え室で待たされた。自分の体が限界を告げても、場の都合が優先された。


 昼餐会の日、エリアナは西礼拝堂の簡素な外套で会場へ向かった。アレクシスは同行したが、隣ではなく半歩後ろを歩いた。守るために前へ出るのではなく、彼女が退く時に道を確保する距離だった。


 会場の婦人会館には、王都の貴婦人たちが集まっていた。メリッサは壇上に立っている。いつもの華やかな笑顔はない。だが、逃げてはいない。


 司会の婦人が告げた。


「ベルフォード侯爵令嬢メリッサ様より、先日の婚約式延期についてご説明があります」


 延期。


 その言葉に、客席が少しざわつく。


 メリッサは手元の紙を握りしめた。視線が一瞬、エリアナを探す。見つけると、彼女は小さく頭を下げた。


「まず、延期という言葉は正確ではありません。私とカイン・オルレアン様の婚約式は、正式には成立しませんでした」


 会場の空気が変わった。


 メリッサの声は震えている。けれど、続けた。


「理由は、祝歌の登録が不正だったからです。私は自分で祝歌を歌えません。それにもかかわらず、父と私は、姉エリアナ・ベルフォードの声を私の名で記録しようとしました」


 扇の音が止まる。


 エリアナは胸元の布を握った。喉を使っていないのに、痛む。自分の傷が人前に出されることは、救いであると同時に恐ろしい。会場の誰かが笑うかもしれない。大げさだと言うかもしれない。


 だが、メリッサは逃げなかった。


「私は、姉が裏で歌えば皆が喜ぶと思っていました。姉の喉が痛むこと、名が消されること、婚約者を奪われた上で祝福まで求められることが、どれほど酷いことかを考えませんでした」


 彼女は一度、深く息を吸った。


「私は、姉の声を盗もうとしました。これを訂正します」


 会場の後方で、カインが立っているのが見えた。彼はこの発言を止めに来たのだろう。だが、婦人会の老婦人たちの視線に押され、口を開けずにいる。


 メリッサは紙を置き、自分の言葉で言った。


「お姉様。許してほしいとは言えません。でも、これから私の名前で姉の声を使うことはありません。私にできることは、私の声で話します」


 エリアナは返事をしなかった。休声条件があるからだけではない。泣きそうだった。


 会場から拍手は起きなかった。


 代わりに、婦人会長の老婦人が立ち上がった。


「訂正を記録しましょう。ベルフォード家の長女エリアナ様の声を、妹君名義で用いる試みがあった。妹君メリッサ様はこれを認め、今後行わないと表明した」


 拍手よりも、その記録のほうが重かった。


 昼餐会の後、メリッサは廊下でエリアナに近づいた。顔色は悪い。


「来てくれて、ありがとう」


 エリアナは石板に書いた。


『逃げなかったことは、受け取ります』


「許しては、くれない?」


 その問いは幼く聞こえた。メリッサはまだ、謝ればすぐ温かい返事がもらえることに慣れているのだろう。


 エリアナは少し考え、書いた。


『許すかどうかは、これからの行動を見て決めます。今日だけで終わらせないでください』


 メリッサは唇を噛み、うなずいた。


 その時、背後からカインの声がした。


「メリッサ、君は軽率なことをした。両家の名誉を」


 メリッサは振り返った。


「名誉を壊したのは、私たちがしたことです。話したことではありません」


 カインは絶句した。


 エリアナは、妹が初めて自分の声で立つのを見た。


 まだ和解ではない。けれど、借り物ではない声が、会場の廊下に確かに残った。

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