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転生したら全肯定お姉ちゃんでした 〜不遇な妹を甘やかして最果ての村で幸せに暮らします〜  作者: ランダムアクセス
第1章

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第8話 毛並みのいい野良犬ちゃんが来ました

 夜の帳が下り、静まり返ったコモレビ村。


 ミーシャちゃんがお風呂から上がり、二人で温かいホットミルクを飲んでいた時のことだった。

 ピシリ、と窓ガラスが微かに凍りついたような音を立てた。


「……え?」


 ミーシャちゃんが手元のマグカップを止め、青ざめた顔で窓の外を見つめた。

 庭の木々が凍てつくような冷気に晒され、真っ白な霜が音を立てて芝生を侵食していく。

 それだけではない。

 空気が重い。まるで呼吸をするだけで肺が凍りつくような、圧倒的な捕食者の魔力圧――。

 村全体の魔物や小動物たちが、恐怖で息を潜めているのが気配で分かる。


「お、お姉ちゃん……っ! 来ます……森の奥から、とんでもない怪物が……!」


「怪物?」


 ミーシャちゃんが私の腕にしがみつき、小鹿のように震えている。

 その紫の瞳には、森の暗闇から近づいてくる巨大な災厄の姿が映っているのだろう。

 まったく、せっかくの湯上がりリラックスタイムに、うちの可愛い妹ちゃんを怯えさせるなんて!


 私はマグカップをテーブルに置き、立ち上がった。


「ちょっと見てくるわね。ミーシャちゃんはここにいて――」


「だ、ダメです! お姉ちゃん、行っちゃダメ……! あれは、人間の敵う相手じゃ――」


 必死に引き留めようとするミーシャちゃん。

 私はその頭をポンポンと優しく撫でて、にっこりと微笑んだ。


「大丈夫よ。戸締まりの確認ついでに、ちょっとお庭の掃き掃除をしてくるだけだから」


 私は玄関に置いてあった愛用の竹箒を手に取り、勝手口から庭へと出た。

 心配したミーシャちゃんも、恐る恐るリビングの窓際から外を覗き込んでいる。


 庭に出た瞬間、吹き抜けたのは凍てつくような吹雪だった。

 そして、暗闇を切り裂くようにして――その『巨躯』が姿を現した。


 月光を浴びて青白く輝く銀白の毛並み。

 大樹をも軽々と見下ろすほどの巨大な体躯。

 額には氷晶の角を戴き、燃え盛るような深紅の瞳が冷酷な光を放っている。

 足を踏み出すたびに大地が凍りつき、絶対零度の吹雪が渦を巻く。


 古代より森の深奥に君臨し、神話の時代から語り継がれる絶対の天災――古代神獣フェンリシア。

 その神獣が、我が家の庭先に仁王立ちし、地を揺るがすような重低音の咆哮を轟かせた。


『グルルルルァァァァッ……! 渺小なる人間どもめ……! 我が眠りを覚ます、強大なる闇の器はどこだ……!』


 ビリビリと空気が震え、並の戦士なら精神を破壊されて失神するほどの威圧感。

 けれど、それを正面から浴びた私の口から出たのは――心からの感嘆の声だった。


「……まあ! なんて毛並みのいい野良犬ちゃんなのかしら!」


『…………は?』


 絶対零度の神獣が、ピタリと動きを止めた。

 紅蓮の瞳が点になり、信じられないものを見るように私を見下ろしている。


「白くてふわふわで、ちょっと大きめのワンちゃんね! 寒そうにしてるけど、森で迷子になっちゃったのかしら?」


『ぬ、愚弄するか人間ッ! 誰がワンちゃんだ! 余は太古よりこの森を統べる主、氷雪の神獣フェンリシアなるぞ! 貴様ごとき塵芥、一息で氷漬けにして――』


「こら、大きな声を出さないの!」


 私は竹箒の柄をトントンと地面に叩きつけ、腰に手を当てて叱りつけた。

 窓の向こうで、ミーシャちゃんが「え、犬……!? 神獣様をワンちゃんって……!?」と目を限界まで見開いているのが見える。


「うちの可愛い妹ちゃんが怖がってるでしょ! 夜中に他所のお庭に入り込んで、大声で吠えるなんてお行儀が悪すぎます!」


『な、舐めるなァァァッ! 我が絶対零度の神気にて消し炭ならぬ氷屑となれ――《フリーズ・テンペスト》ッ!!』


 神獣が咆哮し、山をも凍らせる神話級の猛吹雪が私へと殺到した。

 大気が凍結し、すべてを砕き去る死の氷嵐。


 けれど、私にとっては――。


「もう! せっかくお庭を綺麗にしたのに、そんな冷たいホコリを撒き散らさないで!」


 私は満面の笑顔のまま、両手に持った竹箒を構えた。

 イメージするのは、部屋に入り込んだ砂埃を一瞬で外へ叩き出し、完璧に空気を入れ替える大掃除!


「生活魔術・極致――『強力清掃&換気エアカーテン』!」


 バァァァァァンッ!!


 神話級の猛吹雪と、私の生活魔術が激突した。

 ……激突した、というのは語弊がある。

 吹き荒れる絶対零度の嵐が、私の放った清浄な風圧によって、まるでハタキで払われたホコリのように綺麗さっぱり消し飛ばされたのだ。

 それどころか、庭の凍りついた芝生が一瞬で解凍され、ぽかぽかとした春の陽気のような澄み切った空気に浄化されていく。


『な……っ!? 余の神気の吹雪が……ただの換気で消えた……だと……!?』


 神獣が顎が外れそうなほど口を開けて硬直した。

 私は間髪容れずに地面を蹴り、竹箒を片手に持ったまま、跳躍――したわけではない。

 サササッと足元に『生活魔術・高速モップがけ』を滑らせ、電光石火のスピードで神獣の足元へと肉薄した。


「ほら、お庭を散らかした罰よ! えいっ!」


 パシィィィィンッ!


 竹箒の先で、神獣の眉間をペシッと軽く叩いた。

 威力は生活魔術『布の柔軟化』と『ホコリ叩き出し』の合わせ技だ。

 痛みはないけれど、概念レベルの衝撃が神獣の巨体を揺るがす。


『ぶぎゃっ!?』


 ドッシャァァァァン!!


 大樹のような巨大な白狼が、まるで座布団を叩かれた犬のように、庭の地面へぺたーんと平伏する形で叩き伏せられた。

 土煙ひとつ立たない。衝撃をすべて吸収したからだ。


「よしよし、お座りね! いい子いい子!」


 私は仰天して白目を剥きかけている巨大な白狼の首根っこを、ガシッと両手で掴んだ。

 モフモフ。

 ……あらやだ、触り心地が最高じゃないの!

 高級羽毛布団よりも柔らかくて、シルクのように滑らかな極上の毛並み!


「まあああっ! 触り心地が素晴らしいわ! ちょっと泥がついてるけど、洗えばもっとピカピカになるわね!」


『ば、化け物……! な、何者だ貴様……!? 余を……神獣たる余の首根っこを、素手で……!?』


 巨躯を震わせ、紅蓮の瞳に本物の恐怖を浮かべる神獣フェンリシア。

 太古の森の頂点に君臨していた絶対強者が、生まれて初めて「圧倒的な上位存在」の前に屈した瞬間だった。


 窓際で見ていたミーシャちゃんは、もはや恐怖を通り越して、魂が抜け出たような顔で固まっている。


「お、お姉ちゃん……神獣様を、片手で……なでなでしてる……?」


「ミーシャちゃん、大丈夫よ! ちょっと興奮してただけの、とっても人懐っこい野良犬ちゃんだったわ!」


 私が満面の笑顔で振り返ると、神獣は『人懐っこい野良犬……!? 余が……!?』と絶望的なショックでわなわなと震えていた。

 お腹の虫が、ぐうぅぅぅ、と情けない音を立てて鳴り響く。


「あら? お腹が空いてるのかしら?」


 首根っこを掴んだまま、私は優しく微笑みかけたのだった。


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