第7話 不吉な子は、村いちばんの宝物になりました
畑の奇跡的な大復活から、数日が過ぎた頃のことだった。
トントン、と遠慮がちに玄関の扉が叩かれた。
リビングでミーシャちゃんと一緒に日だまり草の手入れをしていた私は、首を傾げながら玄関へと向かった。
「はーい、どなたかしら?」
扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
立っていたのは、あの頑固で迷信深かった村の長老格の老人――かつて森の入口で石を投げ、畑の異変の際にもミーシャちゃんを祟りだと罵っていたあの老人だった。
しかも、一人ではない。その後ろには、山盛りのカゴを抱えた村人たちがずらりと並んでいたのだ。
「あ、あの……生活魔術師のお嬢さん。それに……ミーシャちゃんはおるかの?」
老人は恐る恐る頭を下げ、震える声で尋ねてきた。
奥から、ミーシャちゃんがおずおずと顔を出す。
老人の姿を認めた瞬間、ミーシャちゃんの紫の瞳が警戒でわずかに揺れたけれど、老人はその場に深く腰を折った。
「ミーシャちゃん……すまんかった! 本当に、わしらが間違っておった!」
「え……?」
「お前さんを不吉だの祟りだのと言って、石まで投げて……本当に申し訳ないことをした! 畑の土を救ってくれたのは、お前さんじゃ。あのハーブのおかげで、害虫一匹寄り付かん。それどころか、作物が今までにないほど豊作なんじゃ!」
老人が差し出した大きな竹カゴには、朝露に濡れたみずみずしい甘カブや、真っ赤に熟れたトマトのようなポムの実、立派なキャベツがぎっしりと詰まっていた。
「村のみんなからの、せめてもの詫びと礼じゃ。受け取ってくれんか……?」
後ろに控えていた村人たちも、口々にカゴを差し出してくる。
「ミーシャちゃん、これうちで採れた特製ハチミツだよ!」
「新鮮なミルクとチーズも持ってきたから、いっぱい食べてね!」
「今まで冷たい態度をとって、本当にごめんね……!」
目の前に広がる謝罪と感謝の嵐に、ミーシャちゃんは呆然と立ち尽くしていた。
その紫の瞳が大きく見開かれ、そして、信じられないように私の服の袖をぎゅっと掴む。
「お、お姉ちゃん……これ……」
ミーシャちゃんには見えているはずだ。
かつて村人たちの胸の内に渦巻いていた「不気味だ」「関わりたくない」という黒いモヤが、今は完全に消え去り――温かな後悔と、心からの感謝の光に満ち満ちていることが。
私は満面の笑みを浮かべ、村人たちに向かって胸を張った。
「皆さん、よく分かってくださったわね! うちのミーシャちゃんは世界一優しくて、世界一優秀な妹なんですから! ほらミーシャちゃん、美味しいお野菜、ありがたくいただきましょ!」
「は、はいっ……! あ、あの……皆さん、ありがとうございます……っ」
ミーシャちゃんが深々とお辞儀をすると、村人たちの顔が一斉に綻んだ。
「おお……なんて素直でええ子なんじゃ……!」
「今までこんな可愛い子に、わしらはなんて酷いことを……!」
老人に至っては、涙をボロボロとこぼしながら拝む始末だ。
ふふん、当然の結果ね!
それからの数日間、コモレビ村の空気は一変した。
私たちが村の広場へ散歩に出かけると、すれ違う村人たちが次々と笑顔で手を振ってくる。
「ミーシャちゃん、おはよう! これ、焼きたてのパンだよ!」
「こんにちは、ミーシャちゃん! 木苺がいっぱい採れたから持っていきな!」
「お姉ちゃんの言う通り、本当に天使みたいに可愛いねえ!」
かつて「不吉な子」と囁かれていたミーシャちゃんは、今や村人たちから「畑を救ってくれた小さな恩人」「村の宝物」として、行く先々で愛でられ、貢ぎ物を渡されるアイドル状態になっていた。
両手いっぱいに抱えきれないほどの果物や野菜をもらい、ミーシャちゃんは顔を真っ赤にしながら照れていた。
「お、お姉ちゃん……どうしよう、歩いてるだけでお野菜がいっぱい集まっちゃいます……!」
「いいじゃない、村中から愛されてる証拠よ! ミーシャちゃんが息をしてるだけで、みんな幸せになっちゃうんだから!」
「ふふっ……お姉ちゃん、大げさです」
恥ずかしそうに笑うミーシャちゃんの瞳には、もう過去の怯えや自己否定の影は微塵もなかった。
小さな胸を張り、村人たちに「ありがとうございます!」と手を振り返すその姿は、どこからどう見ても幸せいっぱいの愛され美少女だ。
――その日の夕暮れ。
私たちは新設した縁側に座り、村人たちからもらった新鮮な野菜をふんだんに使った特製ディナーを楽しんでいた。
メニューは、甘カブと根菜、お肉をトロトロになるまで煮込んだ『生活魔術・滋養凝縮ポトフ』と、ハーブを効かせた焼き立てパンだ。
生活魔術で素材本来の甘みと旨味を極限まで引き出したポトフは、湯気だけでもお腹が鳴るほど芳醇な香りを放っている。
「ふう、ふう……あむ。……っ! おいしい……! おカブが、甘くてとろけます……!」
「ふふ、ミーシャちゃんが守ってくれた畑のお野菜だから、格別に美味しいのよ」
「わたしの……お野菜……」
スプーンを握ったまま、ミーシャちゃんが愛おしそうにスープを見つめた。
そして、ふと顔を上げ、紫の瞳をまっすぐに私に向けた。
「お姉ちゃん」
「なあに?」
「わたし……森の小屋にいた頃は、自分が生まれてきたこと自体が間違いなんだって、ずっと思ってました」
静かな夕暮れの風が、ミーシャちゃんの銀髪を揺らす。
「でもね、お姉ちゃんが『うちににおいで』って言ってくれて……『百点満点』だって言ってくれて……。今日、村の人たちに『ありがとう』って言ってもらえて……わたし、生きててよかったんだって、初めて思えました」
大きな瞳から、ぽろりと一筋の涙がこぼれ落ちる。
それは悲しみの涙ではない。温かな光に包まれて、心が救われた証の涙だ。
「お姉ちゃん……わたしを拾ってくれて、妹にしてくれて、本当に……本当にありがとうございます……っ」
小さな手で私の手を握りしめ、心からの感謝を伝えてくれる少女。
その瞬間――。
ポンッ!!
今までで一番大きく、澄み渡るような音が頭の奥で弾けた。
全身を駆け巡る圧倒的な魔力の奔流。
ミーシャちゃんの純度百パーセントの愛情と、村人たち全員から注がれた感謝の想いが束となって、私の魔力をかつてない領域へと押し上げていた。
「ミーシャちゃん……っ!」
私はポトフのお皿を置き、ミーシャちゃんを力いっぱい抱きしめた。
「ありがとうを言うのは私の方よ! ミーシャちゃんが私の妹になってくれたから、私の毎日はこんなにも幸せなの! 世界で一番大好きな、私の可愛いミーシャちゃん!」
「お姉ちゃん……! えへへ、お姉ちゃん、だぁいすき……!」
腕の中ですりすりと頬を寄せて甘えてくるミーシャちゃん。
ああ、幸せだわ。
前世の忙しさに追われて見失っていた本当の幸せが、今、確かにこの腕の中にある。
――と、その時だった。
ザワ……ッ。
家の裏手、鬱蒼と広がる森の奥深くから、尋常ならざる冷気が肌を刺した。
夕暮れの空がにわかに暗雲に覆われ、森の木々が怯えるように激しくざわめく。
肌がチリチリと粟立つような、圧倒的な捕食者の気配――。
「……っ!?」
ミーシャちゃんの体がびくりと強張り、私の胸にしがみついた。
その瞳が、怯えたように森の暗がりを見つめている。
ミーシャちゃんの持つ『災厄の引き寄せ』の体質――彼女の内に眠る強大な魔力に引き寄せられて、森の奥から『何か』が近づいてきているのだ。
けれど、私の心に恐れなど微塵も湧かなかった。
むしろ、せっかくの甘々で幸せなディナータイムを邪魔された怒りで、口角がぐぐっと上がっていく。
(……あら? 誰かは知らないけれど、うちの可愛い妹ちゃんとの尊い時間を邪魔する気かしら?)
満タンどころか限界突破した魔力を指先に感じながら、私は満面の笑顔のまま、森の奥へと視線を向けたのだった。
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