第6話 ミーシャが見つけて、私が村を救いました
翌朝、村はずれの我が家で苗植えをしようとしていた私たちは、ただならぬ騒ぎに包まれていた。
カン、カン、カン!
村の中心にある警鐘がけたたましく鳴り響いている。
何事かと玄関から顔を出すと、遠くの畑の方角から、怒声と悲鳴が入り混じった声が風に乗って聞こえてきた。
「全部枯れちまってる……! 麦も、芋も、根元から真っ黒だ!」
「魔素を含んだ黒根虫だ! 土の奥底に巣食ってやがる!」
「まさか……あの子が村に来たからじゃねえのか!? あの不吉な子が森から連れてきた祟りだ!」
聞こえてきた言葉に、私の隣にいたミーシャちゃんの小さな体がビクリと跳ねた。
「っ……!」
青ざめた顔で唇を噛み締め、震える手で自分の胸元を押さえている。
昨日買ったばかりの可愛いワンピースが、悲しげに揺れていた。
「お、お姉ちゃん……わたし……やっぱり、わたしの災厄のせい、なのかな……」
「そんなわけないでしょ! あんなのただの言いがかりよ!」
私はしゃがみ込み、ミーシャちゃんの肩をしっかりと抱き寄せた。
「いい、ミーシャちゃん? 虫が湧いたのは自然現象か、土の管理不足! ミーシャちゃんの可愛さとは一ミリも関係ないわ。さあ、ピクニック気分で畑を見に行きましょ!」
「えっ、み、見に行くんですか……?」
「当たり前じゃない! うちの可愛い妹に濡れ衣を着せようとする不届き者たちに、現実ってものを教えてあげなきゃね!」
私はミーシャちゃんの手を握り、ついでに昨日もらったハーブの種の小袋と竹箒を手に取った。
そして、騒ぎの中心である西の広大な畑へと向かった。
畑に到着すると、そこには阿鼻叫喚の光景が広がっていた。
コモレビ村の生命線である広大な麦畑と芋畑。その緑の葉が、見るも無残に茶色く萎れ、地面の至るところからどす黒い魔素の煙がうっすらと立ち上っている。
数十人の村人たちが頭を抱えて座り込み、その中心では、森の入口でミーシャちゃんに石を投げていたあの頑固な長老格の老人たちが青筋を立てて怒鳴り散らしていた。
「だから言ったんじゃ! あの不吉な子を村に近づけるなと!」
「あやつを追い出さねば、村は飢え死にするぞ――」
「あら皆さん、ごきげんよう! ずいぶん盛大にお困りのようですね!」
私の明るすぎる声が響き渡ると、老人たちの怒声がピタリと止まった。
村人たちが一斉にこちらを振り返る。
「お、お前は……イカれた生活魔術師!」
「それに……あの不吉な子まで連れてきおって! お前たちのせいで畑が全滅じゃ!」
杖を振り上げて威嚇してくる老人。
ミーシャちゃんは恐怖で私の背中に隠れそうになったけれど――ふと、その紫の瞳が足元の土を見つめて止まった。
「……え……?」
「どうしたの、ミーシャちゃん?」
私が屈み込んで声をかけると、ミーシャちゃんはおずおずと小さな手を伸ばし、乾いて黒ずんだ土にそっと触れた。
目を閉じ、何かの声を聞くように眉を寄せる。
「……お姉ちゃん。祟りなんかじゃ、ないです」
「そうよね!」
「土の奥……深さ二メートルのところで、古い魔鉱石の破片が詰まってます。それが濁った魔素を出して、土の息を止めて……そこに、魔素を食べる黒根虫が集まってきちゃってるの」
ミーシャちゃんの言葉に、老人が鼻で笑った。
「馬鹿め、子供のデタラメを信じるやつがあるか! 土の中のことなど、鍬で掘り返してみねば――」
「信じるに決まってるでしょ! うちのミーシャちゃんは植物と土の天才よ!!」
私は老人の言葉を大音量で遮り、ミーシャちゃんの頭をわしゃわしゃと撫で回した。
生まれて初めて能力を真正面から肯定されたミーシャちゃんが、驚きに目を見開く。
「原因を一瞬で見抜くなんて、神業じゃないの! さすが私の自慢の妹ね!」
ポンッ!
はい、朝一番以上の超特大MPチャージ完了!
体中から溢れ出す圧倒的な魔力を感じながら、私は手に持っていた竹箒をくるりと回した。
「さあ皆さん、よく見ててくださいね! うちのミーシャちゃんが教えてくれた原因を、お姉ちゃんがお掃除して差し上げますから!」
「お、お掃除だと……!?」
呆然とする村人たちの前で、私は両手を広げ、足元の畑全体へと魔力を解き放った。
イメージするのは、泥だらけの絨毯を丸洗いして天日干しにする極上の洗濯!
「生活魔術の極致――『土壌クレンジング&一括大掃除』!」
ゴォォォォォッ!!
大地が優しく脈打ち、目も眩むような黄金の光が畑一面を覆い尽くした。
土壌深くに詰まっていた濁った魔力と魔鉱石の滓が、まるで換気扇のフィルターを通すように一瞬で分解・濾過されて天へと消えていく。
さらに、作物の根にへばりついていた何万匹もの黒根虫が、ただの埃を払うかのように土の外へ弾き出され、無害な肥料の粒子へと還元されていった。
「な、なんじゃこりゃあぁぁぁっ!?」
「土が……土がふかふかの黒土に戻っていくぞ!?」
村人たちが腰を抜かして叫ぶ。
けれど、ここで終わりではない。
私はミーシャちゃんを振り返り、優しく微笑みかけた。
「ミーシャちゃん、仕上げをお願いできるかしら? このままだと、また虫が寄ってきちゃうかもしれないの」
「わ、わたしが……ですか?」
「そうよ。ミーシャちゃんが昨日選んでくれた、あのハーブの種を畑の四隅に植えてほしいの。ミーシャちゃんの優しい手で植えてくれたら、きっとこの畑の最高のお守りになるわ!」
「……っ、はい!」
ミーシャちゃんは力強く頷くと、小袋からハーブの種を取り出し、畑の隅の土へとそっと埋めた。
小さな手で土を被せ、祈るように両手を合わせる。
「……元気に育ってね。みんなを、守ってあげてね」
その瞬間――。
ミーシャちゃんの指先から淡い翠色の光がこぼれ、土に染み渡っていった。
芽吹いたばかりのハーブが一瞬で青々とした葉を広げ、清々しい爽やかな香りが畑全体を包み込む。
魔物を寄せ付けず、害虫を遠ざける奇跡の防壁が、畑の四隅に完成したのだ。
「す、すげえ……! 枯れかけてた麦が、青々と生き返っていく……!」
「嘘だろ……畑が、元通りどころか、今まで見たこともないくらい肥沃になってる……!」
ざわめきが、波のように広がっていく。
さっきまで怒鳴り散らしていた老人たちも、杖を取り落としてがたがたと震えていた。
私は胸を張り、呆然と立ち尽くす村人たち全員に聞こえるように高らかに宣言した。
「皆さん、わかりましたか!? 土の底の異変を見抜いたのは、ミーシャちゃんの素晴らしい才能です! そして虫除けのお守りを植えてくれたのも、ミーシャちゃんです! 畑を救った本当の功労者は、この子なんですよ!」
「えっ、お、お姉ちゃん……わたし、何も……」
「何もじゃないわ、全部ミーシャちゃんのおかげよ! 世界一誇らしい私の妹なんだから!」
私がミーシャちゃんをぎゅっと抱きしめると、村人たちは顔を見合わせ、言葉を失った。
不吉な子と蔑んでいた少女が、自分たちの命である畑を救ってくれたのだ。
その事実に、村人たちの目に宿る色が、恐れから信じられないものを見るような驚愕と感謝へと、確実に塗り替えられていた。
「お姉ちゃん……みんなが、怒ってない……?」
「怒るわけないでしょ。ミーシャちゃんは、この村を救った大天才なんだから!」
腕の中のミーシャちゃんは、信じられないものを見るように村人たちを見つめ、そしてぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
それは悲しい涙ではなく、初めて世界に受け入れられた温かな涙だった。
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